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「無能だから追放」の証拠をご提出ください~その追放、冒険者ギルドが審査します~  作者: 他力本願寺


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第49話 証拠をご提出ください

「彼の警告遅延は、追放を維持するに足る重大な独立過失だ」


 ルーファスの意見を聞き終え、議長はクララへ応答を求めた。


 調達の隠蔽が明らかになっても、ノエルが規則を守ったことにはならない。その点で、ルーファスの指摘は正しかった。


「警告の遅れと省略を、責任解除を維持する根拠とするのですね」


 クララが確かめると、ルーファスは頷いた。


「装備係に課された、安全上の義務です」


「ええ。彼が二回目の警笛を鳴らす手順を省略したことは事実です」


 クララはあっさりとそれを認めた。


 クララは現場監査課の検証資料を、議場のスクリーンに投影した。


「しかし、規則違反が一つあれば、直ちに責任解除が認められるわけではありません。重大な持ち場放棄を主張するなら、その証拠をご提出ください」


 クララは資料を開いた。


「こちらは、行動の目的、可能だった対応、被害との関係を検証した結果です」


 クララが指し示した図面には、七年前の『銀環』のメンバーの配置と、崩落までの時間軸が記されていた。


「施設管理局の点検札の時刻と警笛作動記録から、事故当時の時間経過は極めて正確に割り出されています。ノエル氏が固定具の異常を確認してから、橋が崩落するまでの時間は約四分半。一方で、橋の中央で作業をしていた前衛二人が、仮に異常を認識した直後に退避を始めても、現地の通路条件では最短で五分二十秒を要します。荷物を捨てる場合、時計の誤差、他の退路や救助手段も検討済みです」


 クララは、冷徹な法務官の声で、無慈悲な真実を議場に告げた。


「すなわち。彼が異常認識後、直ちに二回の警告を完了していたとしても、物理的に、橋の中央にいた二名の死亡を回避することは不可能だった。……彼の警告の手順省略と、二名の死亡との間に、直接的な因果関係は存在しません」


 ルーファスは図面の退路へ目を移した。最短の所要時間は、残されていた時間を上回っていた。


「よって」


 クララの澄んだ声が響く。


「ノエル・ヴァイスが『重大な持ち場放棄によって仲間を死なせた』という七年前の責任解除理由は、完全に破綻していると結論付けます」


 議場が静まり返った。警告の不備と、二人の死。その二つを、同じ理由欄へまとめて戻すことはできなかった。


「しかし」


 だが、クララはそこで言葉を区切った。


「ノエル氏が完全に無実であるとは、私は申し上げていません」


 ミラは息を呑んで、当事者席に座るノエルを見つめた。ノエルは表情一つ変えず、静かにクララの言葉を聞いている。


「橋の中央にいた二人は救えなかった。しかし、後方で待機していたエリアン・ロウ氏は別です。彼は安全域まで退避可能な距離にいました。ノエル氏が二回目の警笛を鳴らさなかったため、彼はそれが完全な退避合図だと即座に判断できず、初動が遅れた」


 クララの厳しい視線が、ノエルへと向けられる。


「ノエル・ヴァイス氏。当事者としてお聞きします。あなたは当時の自らの行動が、エリアン氏の脚に後遺症を負わせるリスクを高めたと認めますか?」


 議場のすべての視線が、一人の元装備係へと集中した。


 彼は七年間、謂れのない冤罪を背負わされてきた被害者だ。ここで「パニックで仕方がなかった」「不可抗力だった」と主張しても、同情票が集まる状況ではあった。


 だが。


 ノエルはゆっくりと立ち上がり、誰に言い訳をするでもなく、ただ記録の正確さを証明するためだけに、はっきりと口を開いた。


「はい、認めます」


 ノエルの静かな声が、円形の議場に沁み渡った。


「私は最初、固定具を締め直せるのではないかと迷い、警告まで約二分を失いました。その後も巻上機を急ぐあまり、二回目を省きました。……私の手続過失が、彼の負傷に一部寄与したことは紛れもない事実です。私は、自らの責任から逃れるつもりはありません」


 ミラは、胸がいっぱいになっていた。


 彼は、誰かの罪を被るためでも、自分を悲劇の主人公にするためでもない。ただ「正しい記録を作る」という審査官としての信念を、彼自身の人生の最も痛い部分にまで、容赦無く適用したのだ。


「……よく分かりました」


 クララは深く頷き、議長席の評議員たちに向き直った。


「審査評議会の皆様。証拠はすべて出揃いました。これより、本件に関する最終的な行政処分および記録の訂正案を上申いたします」


 クララは手元の決裁書を高く掲げ、朗々と読み上げた。


「一つ。七年前の『銀環』の事故原因を『現場の重大な持ち場放棄』から『ギルド支給装備の欠陥による事故』へと正式に再分類する。これにより、死亡した二名および生存者であるエリアン・ロウ氏への給付金を、装備事故に準ずる満額基準へと改定し、遡及して支払うものとする」


「一つ。先に下したアイリス氏への責任解除申請の却下を維持し、係争中のスポンサー損失を装備欠陥に伴うものとして再審査する。すでに開始した新ロットの使用停止と全面回収を継続し、同系列の全製造群へ検査を広げる」


 クララは一度息を吸い、さらに続けた。


「一つ。ルーファス・グレン副ギルド長をはじめとする調達局および保険部門の関係者については、記録改竄、不良品の隠蔽、ならびに現場への不当な圧力の疑いで、本評議会の権限のもと、直ちに領主府の独立捜査部門および警備隊の捜査へ送致する」


 ルーファスは上申内容の写しを求めた。書記が手渡すと、受領欄に署名した。その署名にはもう、副ギルド長としての決裁権はなかった。


「緊急の救助を試みたこと、警告自体は行ったこと、故意の逃亡や職務拒否ではないこと。他方、警告の遅れと不足が負傷に寄与したことを考慮し、責任解除に相当する重大違反とは認めません。正式な警告と、負傷への責任配分を残すのが妥当です」


 クララは一枚めくった。


「そして、最後に」


 クララはノエルを見つめ、最後の訂正案を読み上げた。


「ノエル・ヴァイスに対する七年前の『重大な持ち場放棄』による責任解除記録は、不当なものであったと認め、これを取り消す。取消の事実と、その理由である装備欠陥および材料分析記録の差替えを、記録の原本へ永久に追記する。先例として参照する索引にも訂正を反映し、既に交付した記録の照会先へ訂正を通知する。……ただし、彼が警告を遅らせ、二回の手順を完了しなかったことは事実であり、その手続過失については、ギルドの正式な『警告処分』として取消理由とともに原本へ永久に併記するものとする。負傷者への給付は先にギルドが満額を支払い、ノエル氏の寄与分は別途算定する。既払い分を控除し、同一損害を重ねて負担させない」


 カンッ、と議長が木槌を打ち鳴らした。


「クララ上級審査官の上申を、本評議会の決定とする!」


 議場のあちこちから、どよめきと安堵の吐息が漏れた。


 ミラは、目から涙がこぼれるのを止めることができなかった。


 ノエルは無傷では済まなかった。彼の記録には「警告」という傷が残る。だが、それは偽りの罪ではなく、彼が彼自身の行動で引き受けた、真っ当で正しい責任の形だった。


 数時間後。


 公開評議を終え、ギルドの廊下を歩いていたノエルの前に、一人の男が立っていた。


 杖をつき、右脚を引きずるようにして歩く男――エリアンだった。


「……ノエル」


「エリアン」


 二人は、窓から差し込む夕日の中で立ち止まり、向き合った。


「聞いたよ。お前の追放処分は、取り消されたってな。……よかった」


 エリアンは力なく微笑み、深く、深く頭を下げた。


「本当に……すまなかった。俺が保身のために嘘をついたせいで、お前に七年も地獄を見せた。俺の弱さのせいだ。お前は俺たちを守ろうとしてくれたのに……っ」


 エリアンの目から、後悔の涙がボロボロとこぼれ落ちる。


 ノエルは、泣き崩れるかつての仲間を静かに見下ろしていた。


「……顔を上げてください、エリアン」


 ノエルの声は平坦だった。


「私はあなたを、簡単に許すつもりはありません」


 その冷ややかな言葉に、エリアンはビクッと肩を震わせた。少し離れた場所で見守っていたミラも、痛ましい顔で息を呑む。


「あなたが嘘をついたことで、私は冒険者としての誇りを失い、誰にも自分の説明が届かないまま生きることを強いられました。……その七年間で失ったものは、謝罪の言葉や、今ここで流れる涙で清算できるものではありません」


「……ああ。分かってる」


 エリアンは涙を拭い、ノエルの厳しい言葉を受け入れた。


「俺は、お前に許してもらおうなんて思ってない。ただ、お前が本当は逃げてなんかいなかったってこと……それだけは、一生忘れずに生きるよ」


「ええ。そうしてください」


 ノエルは静かに頷いた。


「しかし……私の手続過失が、あなたの脚に後遺症を残す要因の一つになったこともまた、消えない事実です」


「ノエル……?」


「あなたも私も、あの事故で失ったものを抱えたまま生きていくしかない。……記録の原本に刻まれた文字のように、永久に」


 ノエルの瞳に、怒りはなかった。あるのはただ、過去の痛みを真正面から受け止める静かな覚悟だけだった。


 それが、彼らが出した「決着」の形だった。劇的な和解も、安っぽい美談もない。ただ、互いに消えない傷を認め合い、真実の記録の上でそれぞれが別々の道を歩き出すための、確かな一歩だった。


「先輩」


 エリアンが去った後、ミラがそっとノエルに歩み寄った。


「……記録が変わっても、すぐには戻れないんですね」


「少なくとも、今の私は戻れません」


 ノエルは小さく息を吐き、いつもの感情の読めない顔に戻った。


「私はもう、彼の罪を被る気はありませんし、彼に私の罪を被せる気もありません。……それだけのことです」


「ふふっ。相変わらず、可愛げのない男ね」


 廊下の奥から、クララが書類の束を抱えてやってきた。


「クララ上級審査官」


「今回の再審と評議会の準備、本当にご苦労様。これで、ほかの事故を調べ直す根拠ができたわ。処理すべき記録は、まだ山ほどあるけれど」


 クララは満足げに頷くと、ノエルの前に新しい一枚の書類を差し出した。


「ところで、ノエル」


「何でしょうか」


「ルーファスが失脚したことで、ギルドの組織全体に大幅な人事異動がかかっているわ。第三審査室も、私が制度設計の責任者として別の部署へ回ることになったの」


 クララはニヤリと笑い、その書類――後任候補の推薦書をノエルへ差し出した。


「だから、あなたがやりなさい」


「……はい?」


「第三審査室の責任者候補よ。ただし、停職の審議とは別。情報の扱いについては規律委員会の判断を受けて、処分を終えてからです」


「私を推薦するのですか」


「失敗を隠さず、他人に判定を委ねられる人が要るの。受けるかどうかは、考えなさい」


 ノエルは推薦書を受け取った。今度は、すぐに署名しなかった。

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