第48話 二つの事故、一つの隠蔽
中央ギルド最上階、『審査評議会』が執り行われる円形の大広間。
そこは、ギルドの重大案件や過去の記録訂正を最終決定する、最高位の審議機関である。すり鉢状になった議場の最前列には、十数名の評議員たちが厳めしい顔で並び、中央の証言台を見下ろしていた。
証言台の右側には、第三審査室の代表としてクララ上級審査官、そしてミラとバルトが立っている。その後ろの当事者席には、ノエルが静かに腰を下ろしていた。
そして証言台の左側には、契約調達局を統括する副ギルド長、ルーファス・グレンが、悠然とした態度で腕を組んでいた。
「――以上が、七年前の『銀環』崩落事故に関する再審請求の趣旨、ならびに提出された証拠の目録です」
クララが通る声で議場に告げた。
「本件の主たる争点は、事故の原因が当時の装備係ノエル・ヴァイスの重大な持ち場放棄であったのか、それともギルド支給の固定具の欠陥であったのか。そして、その事実が意図的に隠蔽されたのではないか、という点にあります」
ルーファスは証拠目録に目を落とし、一歩前に出た。
「評議員の皆様。欠陥の疑いと、意図的な隠蔽は、分けて立証されるべきです」
ルーファスは堂々とした声で反論する。
「七年前の事故原因は、現場の冒険者のミスであると当時の審査で既に結論が出ています。彼らは『調達局が記録を改竄した』と主張していますが、調達局の検査原本には何ら不正の痕跡はありません。……第一、現在、監査体制の見直しのために調達局の資料は封印されています。彼らは肝心の『原本』を確認していないにもかかわらず、憶測だけでギルドの信用を貶めようとしているのです」
ルーファスは、提出目録のうち写しだけで示されている項目に線を引いた。文書の真正性を争う余地は、まだ残っていた。
だが、クララは冷ややかな微笑を浮かべた。
「ええ。調達局の『内部記録』は、あなたの権限で封印されました。……ですが、この世界に存在する記録は、ギルドの内側にあるものだけではありません」
クララは指を鳴らし、ミラに合図を送った。
「ミラ。一つずつ、証拠を開示なさい」
「はい!」
ミラは抱えていた書類の束から、一枚ずつ証拠を評議員たちの前のスクリーンに魔法で投影していった。
「まず、物理的証拠です。現場監査課のバルト監査官が、評議会の証拠庫に残されていた『七年前の旧固定具の保管試料』を、民間の第三者工房にて引張強度試験にかけました。結果は、規定荷重未満での完全な層状破断。これは、当時の『材料は規格内であった』という調達局の分析結果が、明らかな虚偽であったことを物理的に証明しています」
「保管試料の内訳を確認したい」
ルーファスが求めると、ミラは次の頁を開いた。
「引張試験に使ったのは未使用の同ロット品です。事故現場から回収した破断片は、それと分けて材質と破断面を調べています。採取・保管・搬出の記録はこちらです」
ルーファスは番号を控え、次の証拠へ進むよう促した。
「次に、文書の改竄痕です。文書庫に永久保存されている七年前の事故報告書において、『材料分析』の項目だけが紙質と綴じ穴の位置が異なる一枚に差し替えられていました。さらに、この報告書が最後に更新されたのは、ノエル氏の処分が決定した『評議会の前夜』であるというアクセス記録も確認されています」
議場の評議員たちが、ざわめきを大きくする。
「さらに、生存者エリアン・ロウ氏の証言への圧力です。当時の彼は、事故直後の原メモに『ノエル氏が警笛を一回鳴らした』と記録していました。しかし、当時の保険部門から『責任の所在をノエル氏にしなければ遺族給付を停止する』と示唆され、証言を削って提出しました。その提出日と給付承認日が同日である記録も提出します」
ミラの淀みない説明が、ルーファスの強固な盾に次々とヒビを入れていく。
「極めつけは、施設管理局から取り寄せた外部記録です。事故当日、非常巻上機の自動打刻には、橋が崩落する一分前の起動が残っています。救助後に本人が署名した点検札と、管理人の原簿も一致します。警笛も作動しています。彼が警告もせずに逃亡したというこれまでの記録は、完全に崩壊しました」
物的証拠、システム記録、証言、外部記録。
ルーファスは四つの記録を見比べ、手元の意見書を一枚めくった。
「事故報告の訂正が必要だとして、私個人が改竄を指示した根拠はどこにありますか」
「まだ終わりではありませんよ、副ギルド長」
クララが冷徹な声で追い打ちをかける。
「なぜ調達局は、そして保険部門は、ここまで徹底して『装備の欠陥』を隠し、現場の冒険者に責任を押し付けようとしたのか。……私は、ある人物が使った『統計技法』を用いて、過去七年間のギルドの全事故記録を再集計してみました」
クララは当事者席のノエルを一瞥してから、新たなグラフを投影した。
それはかつて、ノエルが荷物持ちのクロウの仕事を調べた時と同じ、膨大なデータから真実をあぶり出す手法だった。
「このグラフを見てください。過去七年間、支給数あたりの固定具事故と、そのうち『現場判断の失敗』や『整備不良』に分類された割合です。使用場所と危険度をそろえても、この傾向は残りました」
グラフの線は、ある時期を境に、不自然なほど急激に跳ね上がっていた。
「七年前。調達局が安全装備の供給業者を『現在の業者』に切り替えた、まさにその直後から……固定具に関する事故だけが、異常なほど『現場の過失』として処理される偏りが発生しています」
クララの声が、議場全体を支配する。
「この偏りだけで、すべての事故が隠蔽だったとは決められません」
クララはグラフを脇へ退け、二枚の文書を投影した。
「こちらは、七年前の五月十八日の分析訂正承認控えです。原測定表を除く訂正を承認した署名は、あなたのものですね」
「評価の訂正など、日常的な業務だ」
「では、規格を下回る測定を除外した理由を説明してください。訂正後の資料には、元の値も、除外理由もありません。保管試料の再検査でも欠陥が確認されました」
ルーファスは口を閉じた。
クララは二枚目を示す。
「もう一枚は、今回『鉄の盾』へ出された保険分類通知。あなたが主宰する会議の基準を根拠に、個人過失を立証しなければ給付停止としています。この適用が会議の決定に沿うのかも確認します」
議長が木槌を打った。
「原本を確認せずに断定できぬ、という副ギルド長の意見はもっともだ。だからこそ、本日、その原本を確かめる」
扉が開き、令状を持った執行官が入ってきた。
今の強度試験と訂正控えを根拠に、利害関係を外した評議員が審議していた調達局への令状だった。封印は証拠保全のために引き継がれ、閲覧を拒む権限はルーファスから外された。
「局長印のある再認証記録と、試験所の送付控えを押さえた」
執行官が議長へ報告した。
休憩を挟んで照合した記録には、新ロットの不適合通知を受けた日付と、その後の条件付き出荷承認が残っていた。是正品への切替えを条件としたはずなのに、是正を確認した試験書がない。流通倉庫の納品番号は、不適合とされた製造群につながっていた。
「知らずに認証しただけ、ではありませんね」
クララが尋ねる。
「事故原因の訂正、給付の分類、出荷の継続。それぞれの記録について、説明を求めます」
静まり返った議場で、すべての視線がルーファスに突き刺さっていた。
ルーファスの前には、本人の署名がある記録が並んでいた。
ルーファスは訂正承認控えを自分の前へ引き寄せた。
「この署名は私のものです」
低い声だった。ミラは供述の欄を改めた。
「当時、事故保険の資金は尽きかけていた。認証の問題を一度に公表すれば、スポンサーは資金を引き揚げる。給付を待つ者へ何を支払えばよかったのか。私は、その判断をした」
「規格を下回る値を除いたのも、その判断ですか」
クララが尋ねた。
「……そうです。最初の訂正を認めた後は、業者にもそれを握られた。出荷を止めれば、以前の処理まで表に出ると言われた」
ミラは、業者からの圧力を述べた部分に、裏付けを要する印を付けた。署名が証明する範囲と、今の説明が正しいかどうかは別だった。
「制度が止まった場合の損失も、審議していただきたい。現場へすぐ給付できたのは、この処理があったからです」
ルーファスは声を張らなかった。訂正控えの端を押さえる指にだけ、力が入っていた。
「……あなたの功績は否定しません。ですが、功績と犯罪は分けて処理されます」
クララが冷たく宣告した。
「真実を隠し、無実の冒険者に罪を被せることで成り立つ信用など、砂上の楼閣に過ぎない。……ルーファス副ギルド長。あなたの行った記録改竄と調達隠蔽の事実は、領主府の独立捜査部門へ、関係資料とともに送致するよう求めます」
議長席の最長老の評議員が、重々しく頷いた。
議長はルーファスの職務を直ちに停止し、調達局の決裁権を代行者へ移した。刑事上の責任は、独立捜査を経て裁判で判断される。
ミラは、送致する証拠の番号を確かめた。これで終わりではない。手元にはまだ、ノエルの行動を検証した資料が残っている。
「議長。再審の結論について、一点、意見を述べさせてください」
退席を促されたルーファスが、許可を求めた。
議長が頷くと、彼は当時の安全規則を開いた。
「私の責任と、ノエル氏の過失は別に判断されるべきです。固定具が欠陥品であったとしても、規則は『直ちに警笛を二回鳴らし、巻上機へ向かう』。彼は警告を遅らせ、二回目を省いて持ち場を離れた。その事実は変わりません」
ミラは追加資料を、提出順に並べた。その遅れも省略も、昨日の検証で消さずに残してある。
「規定の警告は、周囲の者が退避するためのものです。完了していれば避けられた被害があるのなら、装備に欠陥があっただけで責任解除を取り消すことはできない」
ルーファスは当事者席のノエルを見た。
「彼の警告遅延は、追放を維持するに足る重大な独立過失だ」




