第46話 審査官の停職
ノエルが施設管理局の外部記録を指定し、クララが照会を出した翌日の午前。
第三審査室へ、副ギルド長ルーファス・グレンが入ってきた。後ろには二名の警備隊員がいる。
ノエルは通常業務を終え、再審の当事者として交付された書類を整理していた。
「アイリスの聞き取りについて、確認したい」
ルーファスは机に報告書を置いた。
「君は、外部開示の決裁前だったラグン氏の分析書を、本人に見せたね。試験数値だけでなく、氏名や事故の詳細を含む書面だ」
「はい」
ノエルは報告書の番号を見た。自分が提出した開示事故の報告と同じ番号だった。
「違反は、その日のうちに自主報告しました。見せたページと発言の記録も添えています」
「報告すれば済む問題ではない。未公表の情報を使って、対象者の陳述を有利に導いた疑いもある」
ミラは開示前に封じた陳述書の受領控えを取った。
「最初の陳述は、開示前に署名と封緘を終えています。開示後の発言とは、分けて保管しています」
「それで、漏洩がなくなるのかね」
「なくなりません」
言葉にすると、胸の奥が痛んだ。ノエルの前からその報告書を取り上げたい気持ちは、まだあった。
ミラは両方の控えを並べた。
「アイリスさんの判断まで誘導で作ったことにはできません。でも、先輩が情報を見せた違反も消せません。私たちが望んだ結論に役立ったからといって、処分の審査から外すわけにはいきません」
ノエルは何も言わずに頷いた。
「ならば話は早い」
ルーファスは一枚の書面を取り出した。
「人事上の緊急措置として、本日から停職を――」
「その決定は、規律委員会へ付してください」
クララが遮った。
「副ギルド長は、本件とつながる調達記録の決裁当事者です。自分の記録を調べている者への処分を、自分で決めることはできません。暫定措置も同じです」
ルーファスは書面を持ったまま、クララを見た。
「情報管理上の危険を放置しろというのかね」
「放置はしません。自主報告と開示記録、あなたの措置要求を、ただちに委員会へ送ります。調達と再審に関与していない委員が、本人の説明も聞いて判断する。私は報告を受けた監督者として説明しますが、処分の議決には加わりません」
警備隊員の一人が、持っていた鍵束を握り直した。
ノエルは開きかけていた業務用の書類箱を閉じた。
「委員会の判断が出るまで、職員権限による閲覧と、新たな審査業務は控えます。開示の経緯について、弁明書を出させてください」
「措置の必要性については、私も意見書を出す」
ルーファスは命令書を机へ置かず、鞄に戻した。
「報告を受けていた上級審査官の対応も、確認してもらおう」
「承知しました」
クララは答えた。ルーファスは警備隊員を連れ、部屋を出ていった。
同日午後、規律委員会の臨時審議が開かれた。
調達部門と再審に関与していない委員が、ノエルの弁明、自主報告、開示前後の記録を確認した。クララも、報告を受けた時刻と、その後に行った保全措置を説明した。
怯えるアイリスに、すぐ裏付けを見せたかった。
ノエルはそう述べた後、公開済みの安全通知で説明できたことも認めた。漏らしたのは、自分が自由に扱える情報ではなかった。
審議の間、ミラは廊下で、委員へ渡した資料の一覧を見つめていた。
夕刻、委員会の書記が決定書を持ってきた。
正式処分の審議まで、ノエルの職務を暫定停止する。職員権限による資料閲覧と審査業務への従事を禁じ、継続の必要性と期間は次回の審議で見直す。
開示した情報の範囲、再発防止の措置、自主報告を含む事後対応は、正式処分の判断で扱うと付記されていた。
命令したのはルーファスではない。それでも、バッジを外すノエルの指を見て、ミラの喉は詰まった。
「受領しました」
ノエルは署名し、銀のバッジをクララへ預けた。
「再審で指定した外部記録の扱いを、確認させてください」
「照会は継続するわ。停止されたのは職員としての権限です。再審の当事者として、証拠を指定し、開示を受け、意見を述べる権利は制限されていない」
クララは決定書の該当箇所を示した。
「ただし、届いた原本の管理や照合は、こちらで行う。あなたが閲覧するのは、正式に当事者へ開示する資料です」
「分かりました」
ノエルは業務用の鍵も返した。机の引き出しが閉まる小さな音が、ミラにはひどく大きく聞こえた。
「先輩」
何を言っても、慰めにしかならない気がした。それでも、ミラは資料の一覧を胸に抱いた。
「記録が届いたら、不利なところも含めて確かめます」
「お願いします」
ノエルは短く答えた。それから、いつもの自分の席ではなく、当事者用の長椅子に荷物を置いた。
その時、扉が遠慮がちにノックされた。
「領主府・施設管理局の者です。照会のありました保管記録の写しをお持ちしました」
クララが封筒を受け取り、ミラが受領時刻を記す。
七年前の五月。事故当日の非常巻上機点検札と、警笛作動記録。原簿との照合証明に加え、保管・出納履歴と時計の点検記録も添えられていた。
クララは一つずつ確認し、当事者への開示手続きを取った。
「届いたわ、ノエル」
ノエルは長椅子から立ち上がった。胸元にはもう、銀のバッジがなかった。




