第42話 自分の事件を調べる資格
民間試験工房での劇的な強度試験を終え、中央ギルドの第三審査室に戻ってきたノエルとミラを待ち受けていたのは、クララ・ヴェルト上級審査官の冷徹な眼差しだった。
「状況は聞いたわ。アイリス氏の責任解除申請は棄却。新ロットの固定具も規定強度を満たさない不良品だったそうね」
クララは腕を組み、ノエルが机に置いた試験結果のデータシートを一瞥した。
「ええ。これで調達局が主張していた『再認証済みの安全な品』という前提は崩れました」
ノエルは淡々と報告する。
「ですが、ルーファス副ギルド長による資料の封印命令により、我々は調達局の再認証記録の原本にアクセスできません。そこで私は、七年前に私自身が巻き込まれた『銀環』の崩落事故について、当時の支給装備の欠陥を疑い、過去再審の請求を申し立てます」
ノエルの言葉に、ミラは息を呑んだ。
七年前、ノエル自身の人生を大きく狂わせた事件。それを自らの手で掘り起こし、ギルドナンバーツーの隠蔽工作を暴くための武器にしようとしているのだ。
「先輩……!」
ミラが期待と不安の入り交じった視線を向ける中、クララはゆっくりとノエルの前に歩み寄り、冷ややかな声で告げた。
「その再審請求は受理するわ。……ただし、ノエル審査官。あなたを本件の担当から外します」
「七年前の事故については、先輩は当事者として意見を出す。調査の判断は、クララ上級審査官が行うんですね」
ミラが確認すると、クララは頷いた。
「ええ。ノエルは当事者として資料の検証を求められる。でも、調査の方法と判断は私が決める。ルーファス副ギルド長にも、証拠を確認し反論する機会を保障するわ」
「原本の出納と鑑定依頼も、上級審査官の決裁で記録します」
ミラは引継ぎ用の書類を差し出した。クララは頷き、それをノエルの前へ置く。
「……理解しています」
ノエルは少しも動揺を見せず、本件の担当欄を二重線で訂正し、変更日と引継ぎの署名を記した。
「本件の担当審査官の権限を返上します。以降の再審事案の指揮は、クララ上級審査官にお任せします」
「先輩……」
いつもの執務席から当事者用の椅子へ移るノエルを、ミラは黙って見送った。
だが、クララはふっと口元に微かな笑みを浮かべた。
「分かっているなら結構よ。……ただし、本件を指揮する権限はなくなるけれど、あなたは七年前の事故の『当事者』としての正当な権利を持っているわ」
クララは分厚い法規集を叩いた。
「当事者として、自身の疑いを晴らすための『陳述』を行う権利。再審においてどの資料を検証してほしいかという『証拠指定』の権利。そして、不当な決定に対して『異議申立書』を提出する権利よ。……これらは、ルーファスであっても絶対に奪うことのできない、ギルドが冒険者に保障する基本権利よ」
「……ありがとうございます」
ノエルは深く頭を下げた。この事件の担当は外れたが、彼はただの無力な存在になったわけではない。「当事者」という立場とルールを最大限に利用し、能動的に真実を暴く剣を与えられたのだ。
「では、当事者ノエル・ヴァイスとして、最初の証拠指定を行います。……クララ上級審査官、七年前の『銀環』の事故報告書の原本の閲覧と、その詳細な検証を求めます」
「受理するわ。ミラ、書庫からあのバインダーを持ってきなさい」
「はい!」
ミラは急いで書庫へ走り、先ほど閲覧した、七年前の事故調書が綴じられた分厚い革張りのバインダーを机に運んできた。
「当時、私の持ち場放棄が事故の主因とされた最大の根拠は、現場に残されていた固定具の破片の『材料分析結果』でした」
ノエルは当事者として、バインダーのページを慎重にめくっていく。
「調書によれば、調達局から依頼を受けた錬金術師が材料を分析し、『規定の強度を満たす規格内の素材であった』と結論付けています。……しかし、ラグン氏やアイリス氏の件で判明した通り、この供給業者の固定具は明らかな不良品でした。七年前の物もそうだったとは、まだ決まっていません。当時の実物と、分析の根拠を確認したい」
「元の分析が正しかった可能性も含めて、よね」
クララが鋭く指摘する。
「ええ。もし報告書が後から調達局の都合のいいように改竄されたのであれば、必ずどこかに『物理的な痕跡』が残っているはずです。偽造というものは、どれほど巧妙に繕っても、必ず元の事実と摩擦を起こしますから」
ノエルは、事故報告書の『材料分析』の項目が記されているページを開いた。
そこには、難解な数値や専門用語とともに、「素材に異常なし。規定荷重に耐えうる規格品と認める」という一文がはっきりと記されている。
ノエルはそのページをじっと見つめ、紙の質感やインクの色、文字の配置などを確かめるように視線を這わせた。
ミラも横から覗き込むが、素人目には何の変哲もない、ただの古い書類にしか見えない。
「ノエル先輩……何か、おかしいところはありますか?」
「……」
ノエルは無言のまま、今度は報告書の一番最初のページ――書類の構成を一覧できる『索引(目次)』のページへと戻った。
そして、索引に書かれた項目と、実際のページ番号を交互に見比べる。
「……見つけました」
ノエルの低い声が、静かな審査室に落ちた。
「えっ?」
「ミラ。この報告書の索引を見てください。『第五項・生存者陳述』の開始ページは、何ページになっていますか」
「ええと……『12ページ』です」
「では、その直前にある『第四項・材料分析結果』のページ番号は?」
「『10ページから11ページ』……ですね」
ミラが答えると、ノエルは報告書をパラパラとめくり、実際の『材料分析結果』のページをミラの前に広げた。
「実際のページを見てください」
「あっ……!」
ミラは息を呑んだ。
広げられた『材料分析結果』の書類は、たったの「一枚」しかなかった。
右下に打たれたページ番号は『10』。そして、その裏面は白紙であり、次のページは『12』から始まる『生存者陳述』になっていたのだ。
「11ページが……ない?」
「索引には『10ページから11ページ』と記されているにもかかわらず、実際の報告書は10ページの一枚だけで完結しており、11ページが存在しません」
ノエルの瞳が、書類に隠された七年前の闇を正確に捉えていた。
「脱落か、索引の誤りか、それとも差し替えか。現在の綴りには食い違いがあります」
ノエルは十一ページがあるはずの場所から指を離した。
「この欠落と、資料の訂正履歴の検証を求めます」




