第41話 認証済みの欠陥
王都の外れにある、民間が運営する『第三者金属試験工房』。
ギルド内部の人間だけでは「身内の庇い合い」や「監査課の捏造」を疑われる可能性があるため、ノエルはあえて中立的な民間の工房に検証を依頼していた。
巨大な試験機の前に、第三審査室の面々と『蒼冠』の隊長、そして装備係のアイリスが並んで立っている。
ガチャン、という重々しい音とともに、流通倉庫の未開封箱から、倉庫係と双方当事者の立会いで無作為に選び、封印して搬送した未使用の新ロットの岩壁用固定具が、試験機のバイスにセットされた。
民間の試験技師が、メーターを確認しながらレバーをゆっくりと引いていく。
「これより、対象サンプルの引張強度試験を開始します。規定の安全荷重まで、段階的に負荷をかけていきます」
ギリリリリ……と、金属に猛烈な圧力がかかる嫌な音が響き始めた。
蒼冠の隊長は腕を組み、額に脂汗を浮かべながらメーターを睨みつけていた。彼の隣で、アイリスは自分の見立てが間違っていなかったことを祈るように、両手を固く握りしめている。
「……規定荷重の六割を突破しました」
技師の淡々とした声が響く。ここまでは、普通の鉄ならば容易に耐えられる重さだ。
しかし。
メーターの針が、規定荷重の「七割」に差し掛かった、まさにその瞬間だった。
――バァァンッ!!
爆竹が弾けたような甲高い破断音とともに、試験機にセットされていた新品のアンカーが真っ二つに裂け、破片が防護ガラスに激しくぶつかって火花を散らした。
「なっ……!?」
隊長が目を見開き、思わず一歩後ずさった。
「規定の七割……? そんな馬鹿な! それは俺たちが支給された物と同じ、新品だぞ!」
「サンプルの不具合という可能性も考慮し、他の検体も試験します」
ノエルが淡々と指示を出し、技師が新しいアンカーをセットする。
だが、結果は同じだった。
二つ目は規定の八割弱。三つ目は七割五分。
次々と持ち込まれた新品のアンカーは、どれ一つとしてギルドが定めた安全規定の荷重に耐えることなく、アイリスが指摘した「層状割れ」の兆候があった部分から、あまりにも呆気なく千切れていった。
「……これが、結果です」
バルトが試験機から取り出した破片を、番号を付けた検体皿に置いた。
「ギルドの調達局が安全だと太鼓判を押し、ピカピカの『認証印』を打った装備の正体だ。……おい、S級候補の隊長さんよ。あんた、こいつに全体重を預けて、底知れねえダンジョンの崖を降りる度胸はあるか?」
「っ……」
隊長は検体皿に載った破片を見つめ、顔面を土気色にして言葉を失った。
もし、あの時。
アイリスが遠征を中止させず、自分が命令するままにこの固定具を岩壁に打ち込んでいたら。重い荷物を背負った前衛から順に谷底へ転落し、自分たちは誰一人として生きて帰ることはできなかっただろう。
「私は……」
隊長は震える声で呟き、ゆっくりとアイリスの方を向いた。
「私は、ギルドの認証を信じて……お前がただ、危険な任務に怯えているだけだと、そう思い込んでいた……」
「隊長さん……」
アイリスはびくびくとしながらも、隊長の顔を見上げた。
「俺たちは、一歩間違えれば全滅していたんだな。……それを、お前が……その小さな手と、職人としての知識で、救ってくれていたのか……」
隊長はアイリスの前に片膝をつき、深く、深く頭を下げた。
「すまなかった……! 俺が愚かだった! お前は臆病者なんかじゃない。お前は俺たちを救ってくれた、俺たちの命を預かっていた装備係だ……! 追放なんて、どうか取り消させてくれ……!」
涙声で謝罪する隊長を見て、アイリスの目からも大粒の涙が溢れ出した。
「私……私、間違ってなかったんですね……。よかった……誰も、死ななくて……本当によかった……っ!」
彼女は安心したようにへなへなとその場に座り込み、子どものように声を上げて泣きじゃくった。
ミラは目頭を熱くしながら、二人の様子を見守っていた。
アイリスは救われた。彼女の追放理由は完全に否定され、それどころかパーティを救った恩人としての正当な評価を手に入れたのだ。ただ、謝られたからすぐに信頼が戻るわけではない。アイリスは復帰の返事をせず、まず休みたいと伝えた。隊長は黙って頷いた。
「……第三者工房での客観的データにより、固定具の強度不足が証明されました」
ノエルは手元のボードに結果を書き込み、淡々と結論を口にした。
「アイリス氏が遠征を中止させた判断は、専門的な知識に基づく極めて正当かつ適切な危機回避行動でした。よって、本件の責任解除申請は『却下』とします」
ノエルの言葉は、アイリスの無実を確定させる最終的な宣告だった。
隊長は何度も頷き、アイリスを気遣うように立ち上がらせた。
「しかし、ノエル先輩」
ミラは書類の束を抱え直し、顔を曇らせてノエルに尋ねた。
「ラグンさんのパーティが事故を起こした旧ロットは、すでにギルド全域で回収対象になっていますよね? どうして、この新ロットが安全通知の直前まで流通していたんですか?」
「調達局の言い分です」
ノエルはギルドからの通達書類を取り出した。
「調達局は、『旧ロットには確かに一部の製造不良があったが、新ロットは別の材料を用いて製造工程を見直し、再認証を済ませた安全な品である』と主張し、流通を継続させていました。……しかし、強度は、いまの試験で否定されました。材料が認証の公表値と一致するかは、工房が別に成分を測定しています」
「そんなの、詐欺じゃないですか!」
ミラが声を荒げた。
「供給業者が不良品を作っただけじゃなくて、ギルドの調達局がそれを庇って、安全だって嘘をついて冒険者に配ってたってことですか!? 信じられません!」
「検査証明と実物が違えば、その理由と、誰が知っていたかを調べなければなりません」
ノエルは検体番号を記録した。
新ロットにも正式な使用停止と回収の要請が出された。アイリスが持ち込んだ一点は、最初の陳述とともに、追加鑑定に備えて未試験のまま保全する。
その時。
審査室から出向してきたギルドの伝令が、慌てた様子で試験工房に飛び込んできた。
「ノエル審査官! 申し訳ありません、先ほどご指示のあった『新ロット固定具の検査証明原本』の閲覧請求についてですが……」
「調達局に弾かれましたか」
ノエルが全く驚かずに尋ねると、伝令は悔しそうに頷いた。
「はい……。ルーファス副ギルド長の権限による『第一級セキュリティ封印』を理由に、調達局の窓口で門前払いを食らいました。第三審査室の権限では、再認証が行われた際の具体的な検査数値や、承認者のサインが記された原本を確認することは一切できません!」
「クソッ、やっぱりかよ」
バルトが忌々しそうに壁を叩いた。
「いくら民間の試験で欠陥を証明しても、ギルド側が『あれは正規の検査を通ったものだ』とシラを切り通せば、組織の決定としてうやむやにされちまうぞ。原本を押さえなきゃ、あいつらの首は取れねえ!」
「分かっています」
ノエルは検体皿の封印を技師に確かめてもらい、王都の空を見上げた。
調達局の強固な壁。ルーファスという巨大な権力。
行政審査官としてのノエルの権限は、ここで完全に底をついている。強制取得には、独立した審査を経た令状が要る。
「……自分の事故の記録を、使うしかありませんね」
ノエルの静かな呟きに、ミラはハッとして彼を見た。
「先輩……それって」
「今の検査結果で令状を請求します。それとは別に、私自身の再審を申し立てる。当事者として、あの時の記録を確かめたい」




