第39話 七年前と同じ印
「……権限がないなら、別の角度から記録を引きずり出すまでです」
ルーファス副ギルド長による調達局資料の封印命令が館内に響き渡る中、ノエルは静かに、だが確固たる意志を持って告げた。
ミラは不安げにノエルの横顔を見つめた。
「別の角度って……どうするんですか? 調達局の記録が封印されたら、あの欠陥アンカーがどうやって認証を通ったのか、調べる方法なんて……」
「調達局の内部記録は封印されても、すでに過去に起きた『事故の記録』そのものを消し去ることはできません」
ノエルは身を翻し、第三審査室の奥にある書庫へと向かった。
そこは、過去十年間にギルドで発生したすべての責任解除事案と、事故分類の調書が永久保存されているアーカイブ室である。
ノエルは迷うことなく一番奥の棚へ進み、分厚い革張りのバインダーを抜き出した。その背表紙には『七年前・事故責任解除記録』と記されている。
「ノエル……あなた、まさか」
後を追ってきたクララが、そのバインダーを見て息を呑んだ。
「ええ。クララ上級審査官の想像通りです」
ノエルはバインダーを長机に広げ、パラパラとページを繰った。そして、一つの調書の束で手を止める。
「これは、七年前に私が所属していたパーティ『銀環』が巻き込まれた、橋の崩落事故の調書です」
そのページには、若い頃のノエルの登録番号と、「重大な持ち場放棄による責任解除」という赤いスタンプが押されていた。
ミラはごくりと息を呑んだ。
ノエルがかつて追放された冒険者であることは知っていた。だが、彼自身の口からその詳細が語られるのは初めてだった。
「七年前。当時の私は装備係として、岩壁に打ち込んだ固定具の軋む音を聞きました。異常を察知した私は巻上機へ向かいましたが、結果として橋は崩落し、二人の仲間が死に、後方にいたエリアンという仲間が脚に重傷を負いました」
ノエルの声は平坦だったが、その奥には古い傷をなぞるような微かな震えがあった。
「ギルドの調査では、現場に残された固定具の材料分析が行われました。その結果は『規格内』。つまり、装備に欠陥はなく、私の勘違いによる持ち場放棄と警告の遅れが惨事を招いたと結論付けられた。……私はその証拠を突きつけられ、生存者の証言もそれを裏付けていたため、自身の判断ミスを受け入れて追放に同意しました」
「……それが、今回の欠陥アンカーと何の関係があるの?」
クララが鋭く問う。
「バルトさんが現場監査課で特定した、ラグン氏が持ち帰った欠陥アンカーの『製造ロット記号』の形式。それと全く同じ系列の製造印が、この七年前の事故報告書にも記載されています」
ノエルは調書の『装備品目録』の欄を指差した。
ミラが覗き込むと、そこには確かに、先ほどバルトが読み上げたのと同じアルファベットの配列と、工房を示すナンバリングが印字されていた。
「同じ、供給業者……!」
ミラは驚愕に目を見開いた。
「同じ業者でも、七年前の品まで不良だったとは言えません」
ノエルは二つの製造番号を別々の欄へ写した。
「調べる理由にはなります。ですが、私自身の事故です。以後の資料照会は、クララ上級審査官の監督下で行わせてください。再審になれば、担当を外れます」
「当然ね」
クララはバインダーを自分の側へ引き寄せた。
「当時の分析原本、今の検査証明、認証を更新した記録。この三つは分けて請求する。最初から一つの筋書きでつなげないこと」
ミラは、赤い責任解除の印から目を離せなかった。
「先輩の警告が、実際には鳴っていたかもしれないんですよね」
「鳴らしました。ただ、異常に気づいた直後ではなかった」
ノエルは答えた。
「その遅れで何が起きたのか。そこまで確かめなければ、私に都合のよい記録へ変えるだけです」
クララが資料を閉じる。その上には、現在の装備に関する使用停止通知の控えが置かれた。
「安全通知の伝達を急ぎましょう。まだ帰還していない隊にも、各地の支部から知らせてもらうわ」
ミラが連絡票を持って立ち上がった時、廊下に慌ただしい足音がした。
バタンッ!
第三審査室の扉が勢いよく開き、息を切らした受付職員が駆け込んできた。
「ノエル審査官! クララ上級審査官! 大至急、確認をお願いしたい案件が飛び込んできました!」
「騒々しいわね。どうしたの?」
クララが眉をひそめると、職員は手にした申請書をノエルのデスクに叩きつけるように置いた。
「S級候補のトップパーティ『蒼冠』からです! スポンサーへの回答期限が迫っていると、隊長が即日の責任解除を求めています!」
「『蒼冠』が?」
ノエルは眉一つ動かさず、その『責任解除申請書』を手に取った。
「対象者は誰ですか。理由は」
「対象は、パーティの専属である装備係のアイリスという少女です! 理由は……」
職員はゴクリと唾を飲み込み、信じられないものを見るような顔で言った。
「『ギルドが認証済みの安全固定具を、怖がって使用を拒否し、遠征を無断で中止させたため』……だそうです! スポンサーへの損失が大きく、重大な命令違反だと!」
その言葉が響いた瞬間、審査室の空気がピタリと凍りついた。
ミラとクララは弾かれたようにノエルを見た。
ノエルは申請書の詳細欄――アイリスが使用を拒否したという『固定具の品番』に視線を落とす。
「……ミラ」
ノエルの声は、氷の底から響くように静かだった。
「彼女が使用を拒否したという固定具の品番。ラグン氏の物と同じ系列ですが、後から再認証を受けた別ロットです。昨日の遠征なら、安全通知が出る前の出来事です」
「えっ……!」
「認証を信じた隊長と、現物を疑った装備係。どちらの判断に根拠があったのか、確かめましょう」




