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「無能だから追放」の証拠をご提出ください~その追放、冒険者ギルドが審査します~  作者: 他力本願寺


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第38話 偽造の罪、遺族の権利

翌日。中央ギルドの第三審査室には、手錠をかけられた『鉄の盾』の副隊長ケイルと、警備隊に保護される形で王都へ帰還したラグンの姿があった。


 三ヶ月ぶりに顔を合わせた二人の間には、気まずいような、それでいて深い安堵が入り交じったような、複雑な空気が流れていた。


「ケイル……お前、俺に罪を被せるために、隊長の印を……」


「悪かった、ラグン。俺はどうしても、隊長の奥さんと子供を守りたかったんだ。……お前の手紙を受け取っていたのに、ギルドには知らせなかった。出てこられないお前なら、反論されずに済むと思った。最低なことをした」


 ケイルは深くうなだれ、自分の手首にはめられた冷たい鉄の輪を見つめた。


「静粛に」


 ノエルは淡々と声をかけ、二人の前に数枚の書類を並べた。


「これより、行方不明の隊員ラグン氏に対する、ハロルド隊長名義での『遡及的な責任解除申請』の最終判定を言い渡します。……結論から言えば、本申請は『完全な偽造書類』であると断定し、却下します」


 ノエルは書類に大きくバツ印を書き込んだ。


「申請者であるケイル氏については、ギルドの公文書偽造および不正な保険金請求の疑いで、正式に警備隊へ引き渡します。処分は追って審議されるでしょう」


「……はい。覚悟はしています」


 ケイルは抵抗することなく、静かに頷いた。


 文書の偽造は、冒険者としての信頼を根本から破壊する重罪だ。彼はもはや、ギルドに留まることはできないだろう。


 ミラはその痛ましい横顔を見つめながら、そっと口を開いた。


「でも、ケイルさん。悪い知らせばかりじゃありません」


「え……?」


 ケイルが顔を上げると、ノエルは別の、真新しい決裁書を彼らの前に滑らせた。


「ラグン氏が持ち帰った固定具の携行片と、現場監査課による再現試験の結果。これらをもって、三ヶ月前の崩落事故の真の原因は『ギルド支給の安全装備の欠陥』であったと正式に認定します」


 ノエルの声には感情がこもっていなかったが、その内容は彼らを絶望の淵から救い上げるものだった。


「よって、保険部門の主張していた『現場の重大な過失』は棄却されます。ハロルド隊長の遺族への死亡給付金、および負傷したメンバーへの障害給付金は、ギルドの全額負担による『装備事故補償』として満額が保全され、支払われることが確定しました」


「満額……保全……」


 ケイルの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


「ああ……よかった……! これで、隊長の家族は路頭に迷わずに済む……! ラグンに、これ以上の傷を負わせずに済んだ……!」


 手錠をはめられた両手で顔を覆い、ケイルは声を上げて泣き崩れた。


 ラグンもまた、片手で目元を乱暴に拭いながら、天井を仰いで深く息を吐き出した。


「審査官の旦那……あんた、本当に俺たちを救ってくれたんだな。ギルドにも、まともな奴がいたなんて……驚きだぜ」


「補償の支払いが滞ったら、担当窓口へ連絡してください」


 ノエルは冷徹な眼差しのまま、淡々と答えた。


「ケイル氏の件と、遺族への給付は別に扱います。……警備隊。お願いします」


「はっ」


 控えていた衛兵に促され、ケイルは立ち上がった。彼は最後に一度だけノエルに向かって深く頭を下げ、静かに審査室を去っていった。ラグンもその後を追うように退室していく。


 扉が閉まり、静寂が戻った審査室で、ミラは大きく伸びをした。


「……終わりましたね。ケイルさんは罪を償うことになりますけど、残されたご家族が助かって本当によかったです。それに、ラグンさんの疑いも晴れましたし」


「ええ。ですが、この事件にはまだ、解決しなければならない『根』が残っています」


 ノエルは手元の書類を整理しながら、低く呟いた。


「ミラ。あなたが疑問に思っていたことの答えを、確認する時です」


「私が疑問に思っていたこと……あ、保険部門がなんであんな不自然な脅しをしてきたのか、ですね?」


「そうです。なぜ彼らは、不可抗力事故に対してまで『個人の過失』を立証させようと現場に圧力をかけたのか」


 ノエルは、あらかじめ取り寄せ、手元に確保しておいた『保険分類通知』の記録簿を開いた。


 そこには、三ヶ月前に保険部門が『鉄の盾』に対して送付した、事前の通達内容が克明に記されていた。


「記録には、確かにケイル氏の証言通り『個人過失がなければ無許可危険行為扱いとして遺族給付を停止する』という、圧力と取れる文面が記載されています」


 ノエルはその文面の一番下、小さな文字で印字された参照番号をペン先で叩いた。


「そしてここです。この非情な査定を現場に強要した根拠として、ある会議で決定された基準番号が引用されています」


 ミラがその番号の横の文字列を読み上げる。


「『……保険・調達リスク会議、第三号基準に準拠』……これって」


「ええ。ギルドの保険原資の健全化と、支給装備のコスト管理を目的として設立された上層部の会議です。……その主宰者は、ルーファス・グレン副ギルド長」


 その名が出た瞬間、ミラは背筋が凍るような悪寒を感じた。


「ルーファス副ギルド長が……この圧力を裏で操っていたってことですか!?」


「主宰者だというだけで、個別の指示までしたとは決められません。会議の基準そのものと、保険部門がどう適用したかを調べます」


「この通知の内容は、規約と違いますね」


「ええ。まず、その訂正を求めます」


 ノエルは『保険分類通知』の記録を、専用の保存ファイルに慎重に綴じた。


「我々第三審査室の権限で、この『保険部門が現場に不当な圧力をかけた記録』を保全することはできました。これで、彼が主宰する会議の基準が原因であることを追及する足がかりになります。……ですが」


「ですが?」


「この圧力の根本原因である『固定具の欠陥』。……なぜ不良品のロットが調達局の検査をすり抜けて現場に支給され続けているのか。それを証明するためには、調達局が保管している『装備の検査証明』の原本と、『再認証記録』を押収しなければなりません」


「――そこから先は、強制調査の許可が要るわ」


 背後から、クララが静かな声で口を挟んだ。


 彼女は腕を組み、難しそうな顔でノエルのデスクに寄りかかった。


「ノエル。あなたも知っての通り、私たち第三審査室の権限は、あくまで『責任解除や保険給付に関する行政審査』に限られているわ。ギルドの別管轄である『調達局の原本』を強制的に押収するには、彼らの同意か、あるいは審査評議会が発行する『令状』が必要になる」


「令状……」


 ミラはごくりと息を呑んだ。


「そう。そして、その調達局のトップは、他ならぬルーファス副ギルド長よ」


 クララは忌々しそうにため息をついた。


「あなたが現場監査課で派手に固定具をぶっ壊したせいで、彼もすでに私たちの動きに気づいているはず。同意は期待しにくい。令状の審議でも反対は出るでしょう。だから請求の範囲を絞って、必要性を示す。まずは、現物の欠陥と食い違う検査記録からよ」


 クララがそう言い終えた、まさにその時だった。


 ギルドの中央連絡管から、全館に向けてけたたましい通達のチャイムが鳴り響いた。


『――全職員に通達。副ギルド長ルーファス・グレンの命により、直近の監査体制見直しのため、契約調達局が保管する過去十年間分の装備認証記録および検査原本のセキュリティレベルを「第一級」に引き上げる。これより、調達局の資料庫は一時的に完全封印され、審査評議会の令状または調達局長の許可なき閲覧・持ち出しを一切禁ずる――』


「……っ!」


 ミラは顔色を変えた。


「封印命令……! ルーファス副ギルド長、私たちが証拠を押さえる前に、先手を打って資料を隠したんですね!」


「封印の執行記録も確保するわ。正当な保全か、調査を妨げる措置かは、閲覧を拒んだ理由まで見て判断します」


 クララは肩をすくめ、諦めの色を滲ませた。


 強大な権力を持つ組織のトップ。


 ルールと権限を盾に取り、真実を闇に葬ろうとする狡猾な手口。


 ミラは悔しさで唇を噛み締めた。確認済みの欠陥ロットは使用停止と回収が決裁された。同系列の別ロットにも、点検まで使用を控える安全通知が出る。だが、なぜ認証を通ったのかは、まだ分かっていない。


 だが、ノエルは冷たく閉ざされた調達局の方向を見つめたまま、微塵も動揺していなかった。


「……権限がないなら、別の角度から記録を引きずり出すまでです」


 ノエルの瞳の奥には、七年前から燃え続けている、決して消えない静かな炎が宿っていた。

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