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「無能だから追放」の証拠をご提出ください~その追放、冒険者ギルドが審査します~  作者: 他力本願寺


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第35話 偽造した理由

「全面停止……!?」


 ミラは応接室の椅子から立ち上がりそうになるのを必死に堪えながら、目の前のケイルを見つめた。


 ダンジョンでの崩落事故。不幸な不測の事態によって隊長が命を落とし、仲間が重傷を負い、一人が行方不明になったというのに。ギルドの保険部門が、残された遺族への給付を「全面停止」するかもしれないと脅したというのか。


「ケイルさん、それはいくらなんでもおかしいです!」


 ミラは手元の規約集を握りしめながら言った。


「冒険者の事故保険は、ダンジョン内で予測不可能な事態――いわゆる『不可抗力』によって起きた事故にも、基本補償が支払われる仕組みになっています。確かに、誰かの重大な過失であれば責任配分は変わりますが、過失が立証されないからといって『無許可の危険行為』扱いにして給付をゼロにするなんて、そんな無茶苦茶な査定が通るわけありません!」


「俺だってそう思ったさ!」


 ケイルは両手で頭を掻きむしり、充血した目でミラを睨みつけた。


「だが、保険部門の担当者は冷たい顔でこう言ったんだ。『今回の崩落は、事前調査で安全とされていた地盤で起きた。現場の誰かが、規定以上の荷重をかけるような危険な無断行動をとった疑いが強い。もしパーティとして、特定の隊員の責任を明確にできないのなら……連帯責任として、パーティ全体が安全規定を無視したとみなし、遺族給付を含む一切の保険金支払いを免責とする』ってな!」


 ケイルの震える拳が、長机に叩きつけられた。


「ふざけるなと思った! 俺たちは規定通りに動いてた。ただ地盤が崩れただけだ! なのに、ギルドの連中は『誰かに責任を押し付けろ、さもなきゃ一銭も払わん』と暗に突きつけてきたんだよ!」


 ケイルの悲痛な叫びに、ミラは言葉を失った。


 彼が文書偽造という重罪に手を染めた動機。それは、私腹を肥やすための保険金詐欺などではなかった。


 死んだ隊長の残された妻子と、腕を失った仲間の生活を守るため。行方不明になってもう生きてはいないだろうラグンに、全ての罪を被せる道を選んだ。ほかの方法がなかったと、まだ決まったわけではない。


「……保険部門からの、不自然な圧力」


 ノエルは感情を微塵も交えない声で呟き、手元の事故報告書をパラパラとめくった。


「事故原因を調べることは必要です。ただ、特定の誰かの過失を立証できなければ全員を免責扱いにする、という規定はありません。まず、保険部門が実際に何と通知したかを確かめます」


「まず、通知の文面を確かめるんですね」


 ミラが確認すると、応接室の扉がノックもなしに乱暴に開かれた。


「おーう、呼ばれて来たぜ、ノエル。また面倒な案件らしいな」


 ドカドカと足音を立てて入ってきたのは、現場監査課のバルトだった。彼は油と鉄の匂いを漂わせながら、無造作にミラの隣の椅子を引き寄せて座った。


「バルトさん! ちょうどよかったです。実は三ヶ月前の『鉄の盾』の崩落事故について……」


「大体の話は廊下で聞いてた。幽霊の追放届じゃなくて、副官の兄ちゃんが遺族のために泣く泣く偽造したってわけだろ?」


 バルトは気の毒そうにケイルを一瞥すると、すぐにノエルへ向き直った。


「で? ノエル、お前はどう睨んでる。保険部門が無理やり『現場の過失』にしたがってる、ギルドにとって都合の悪い原因ってのは」


「地盤の見込み違いや施工、装備の不良。複数が重なった可能性もあります」


 ノエルは淡々と事実を並べる。


「今回は固定具の破断が崩落に先行したという証言があります。『ギルド支給の安全装備』も調べるべきです」


「装備の欠陥……!」


 ミラが息を呑んだ。


「もし、事故の原因がギルド調達局が認証し、支給している装備の強度不足であった場合。その責任は現場の冒険者ではなく、装備を調達・認証したギルド側に帰属します。遺族への補償額は跳ね上がり、調達局の責任問題に発展する」


 ノエルは事故報告書の『現場状況』のページを開き、バルトの前に差し出した。


「バルトさん。当時の現場を再現した記録と、保存されている写真を確認してください。事故当時、『鉄の盾』は地盤を安定させるために、ギルド支給の『岩壁用固定具(アンカー)』を使用していました。しかし、それが耐えきれずに破断し、崩落を招いたとされています」


「なるほどな」


 バルトは分厚い指で報告書のページをめくり、当時の事故現場を捉えた数枚の魔法写真に目を落とした。


 写真には、土砂に埋もれたダンジョンの通路と、岩壁に打ち込まれたまま、真ん中で無残に千切れている金属製の固定具が写っていた。


 保険部門の主張によれば、行方不明のラグンが「命令に背いてこの固定具に規定以上の過剰な荷重をかけた」ために、固定具が千切れて崩落が起きたとされている。


 しかし、バルトは一枚の写真を顔に近づけ、眉間に深いシワを寄せた。


「……おい、ノエル。こりゃあ、ちょっと妙だぞ」


「何がですか」


「この破断面だ」


 バルトは写真の、千切れた固定具の断面部分を指の爪でトンと叩いた。


「普通、金属が『無理な荷重』をかけられて引きちぎられた場合、断面はもっと引き伸ばされたように歪んだり、ギザギザになったりするもんだ。粘り気のある金属が、限界を超えて引き裂かれるからな」


 バルトは厳しい職人の目で、その写真の小さな違和感を見逃さなかった。


「だが、この写真に写ってる破断面を見てみろ。まるで、最初からそこにヒビが入っていたみたいに……あまりにも『不自然に平滑』にスパッと割れてやがる」


「平滑……つまり、過荷重で引きちぎられたのではなく、元々脆かったから割れたということですか?」


 ミラが身を乗り出して尋ねると、バルトは渋い顔で頷いた。


「ああ。写真だけじゃ断言はできねえが、こいつは『層状破断』って言ってな。金属の精製段階で不純物が混ざってたり、材質をケチったりした粗悪品によく起きる壊れ方だ。規定の荷重なんて到底耐えられねえ、最初から欠陥を抱えた不良品だった可能性が高い」


 その言葉に、ケイルが弾かれたように顔を上げた。


「けっ、欠陥品……? じゃあ、隊長が死んだのは、俺たちのミスでも、ラグンの命令違反でもなく……ギルドが支給した装備が最初から不良品だったせいだって言うのか!?」


「その可能性を示唆する物証です」


 ノエルは冷静にケイルを制し、思考を整理していく。


「実物で欠陥を確かめることと、保険部門がいつ何を知ったかは、別の調査です。ケイル氏が受けたという通知も取り寄せます」


 ノエルの言葉は、ギルドという組織の暗部を冷酷に浮き彫りにしていた。


「……しかし、これらはまだ仮説の域を出ません。写真の破断面だけでは、保険部門や調達局を追及する決定的な証拠にはならない。この固定具が本当に規定荷重未満で壊れる不良品であったことを証明するためには、『固定具の破片の実物』の材質と、未使用の同じ製造ロットの強度を比較する必要があります。壊れた断片に、元の装備全体の荷重をかけることはできません」


「実物なら、現場監査課の倉庫に保管されてるはずだぞ」


 バルトが言うと、ノエルは事故報告書の『証拠品目録』の欄を指差した。


「いいえ。報告書によれば、岩壁に残っていた根元部分は回収されていますが、ちぎれて落下したはずの『携行片』……つまり、ラグン氏の命綱に繋がっていた側の上半分の破片は、現場から見つかっていません」


「見つかってない? 崩落の土砂に埋もれちまったのか?」


「あるいは……」


 ノエルの瞳が、鋭く細められた。


「事故直後、現場から姿を消したラグン氏が、それを持って逃げたか、です」


「ラグンが……?」


 ミラは驚いてノエルを見た。


「でも、ラグンさんは行方不明なんですよね? ダンジョンの崩落に巻き込まれて、もう生きてはいないかもしれないのに……」


「死体が見つかっていない以上、彼が生き延びて、別ルートから脱出した可能性はゼロではありません」


 ノエルは立ち上がり、コートを羽織った。


「最初の捜索は正門の記録が中心でした。非常出口は別の管理所です。ミラ。当時のダンジョンの『門札』の記録を再確認します。事故翌日から数日間の間に、あのダンジョンの別の出口を通過した冒険者の記録を、すべて洗い出してください。……行方不明の隊員の足取りを、追います」

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