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「無能だから追放」の証拠をご提出ください~その追放、冒険者ギルドが審査します~  作者: 他力本願寺


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33/50

第33話 死者の署名

ミラは死亡報告と申請書を並べた。


 一方は四月末。他方の受付印は今日になっている。


「生前の申請を後から出した、という説明ですね」


「そうです。まず、その経緯から確認しましょう」


 ノエルは赤い隊長印を登録台帳と照合した。


 印影は一致する。ただし、これは魔力で本人と押印時刻を記録する契約印ではない。部隊が書類の出所を示すための物理印章だ。誰が、いつ押したかは別に確かめなければならない。


「提出者は、『鉄の盾』の副隊長であるケイル氏です。そして書類には、この申請が作成された経緯がこう記されています。『三ヶ月前のダンジョン崩落事故の翌日。救護所に運び込まれ、かろうじて意識を取り戻したハロルド隊長が、事故の原因を行方不明の隊員ラグンの命令違反であると口述し、副隊長の私がそれを代筆して、隊長印を押した』……と」


「事故の、翌日……?」


 ミラは瞬きを繰り返した。


 ノエルは手元の事故報告書のアーカイブを開き、当時の状況を読み上げる。


「三ヶ月前、中層ダンジョン『岩鳴りの谷』で、パーティ『鉄の盾』が局地的な崩落事故に巻き込まれました。隊長のハロルド氏は全身を強く打って重傷。ギルドの救護所に搬送されましたが、二日間生存したのち、三日目の朝に息を引き取っています」


「じゃあ、この書類は……ハロルド隊長が亡くなる前、まだ生きて口が利けた時に、副隊長さんに言い残して作らせたものだってことですか?」


「書類上の主張は、そういうことになります」


 ミラは少しだけホッと胸を撫で下ろした。


 生前の口述があったという説明自体は、日付の上では成り立つ。


「それにしても……三ヶ月も前の事故のことで、なんで今頃になって追放申請なんて出したんでしょう?」


「『遡及(そきゅう)的な責任解除』という制度です」


 ノエルは淡々と解説する。


「事故でパーティが壊滅状態になったり、当事者が行方不明になったりした場合、即座に責任解除の手続きを行うことは困難です。そのため、後から当時の隊長名義で、過去に遡って責任解除を申請できる例外規定があります」


「でも、追放される側のラグンさんは、事故の日からずっと行方不明なんですよね? ギルドの記録でも、まだ死亡認定はされていませんけど、ダンジョンの崩落に巻き込まれたなら……絶望的だと思います。行方不明の人をわざわざ追放して、何の意味があるんですか?」


「大いに意味があります。……『遺族保険』の責任配分が変わるからです」


 ノエルの言葉に、ミラはハッとした。


「ギルドの事故保険は、事故の原因が『パーティ全体の不運な不可抗力』か、それとも『誰か一人の重大な過失』かによって、支払われる保険金の額や、遺族への給付金が大きく変動します。……もし、この申請が通り、事故の全責任が行方不明のラグン氏ひとりに押し付けられれば、死亡したハロルド隊長を含め、他のメンバーの家族には手厚い補償が下りることになる」


 保険金。


 その生々しい単語が出た瞬間、ミラの背筋に冷たいものが走った。


「じゃ、じゃあ……副隊長のケイルさんは、保険金を満額もらうために、行方不明で反論できないラグンさんに、事故の責任を全部押し付けようとしているってことですか……?」


「その動機は十分に考えられます。しかし、審査官は動機や憶測で判断を下してはならない。彼らが提出したこの書類が、本当に『事故翌日にハロルド隊長の意思で作られた本物』なのかどうかを、客観的な事実から検証する必要があります」


 ノエルは机の上に置かれた『責任解除申請書』を、顔を近づけてじっくりと観察し始めた。


 紙の質。インクの滲み具合。文字の筆跡。そして、隊長印の押し方。


 一分ほどの無言の観察の後、ノエルは不意に顔を上げ、ミラを見た。


「ミラ。この用紙を窓口で配り始めたのは、いつでしたか」


「五月です。配布するとき、旧版と分けて棚を作りました」


 ミラの答えを聞くと、ノエルは書類の右下――小さな文字で印字された、ギルドの事務的な記号の部分を指差した。


「この申請書に使われている用紙の、右下の『制定番号』と『改訂日』を読んでください」


「ええと……『ギルド共通書式・第十二版。制定日・本年五月十日』……です」


 読み上げた直後。


 ミラは自分の発した言葉の意味に気づき、カッと目を見開いた。


「五月十日……?」


 ミラは慌てて、ノエルが先ほど開いていた事故報告書の日付を確認する。


「待ってください! 『鉄の盾』が崩落事故に巻き込まれ、ハロルド隊長が救護所で亡くなったのは……今年の『四月』の終わりです!」


「その通りです」


 ノエルの瞳が、書類の裏に潜む嘘を完全に捕らえ、冷たく光った。


「彼らは、この書類を『事故の翌日にハロルド隊長が口述した』と主張している。しかし、この申請書に使われているフォーマットは、ハロルド隊長が死亡した『後』の、五月十日に新しくギルドで改訂された最新版の用紙です」


 ノエルは、偽造書類を指先でトントンと叩いた。


「この紙が事故翌日に作られた原本だという説明は、成り立ちません。ただし、古い原本を後から転記した可能性は残ります」


 ミラは備考欄を見直した。転記の記載はない。『隊長押印済み原本』とある。


「提出者に確かめましょう。この紙を、誰が押したのか」

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