第31話 善意の偽証
「――その答えを出すのが、我々『審査官』の仕事です」
絶望に沈む第三審査室に、凛とした声が響いた。
扉の前に立っていたのは、分厚いギルド法規集を小脇に抱えた上級審査官、クララ・ヴェルトだった。彼女はコツコツとヒールを鳴らしてノエルの隣まで歩み寄り、白鷲のメンバーたちを見据えた。
「ノエル審査官。相変わらず、あなたは正論のナイフで相手を切り刻むのがお好きね。もう少し融通を利かせたらどう?」
クララはチクリと皮肉を言いつつも、手元の法規集を長机の上にドンと置いた。
「でも、彼の言う通りよ。あなたたちが守ろうとした『昨日初めて知った一回限りの密会』という嘘の台本は、審問院の前では最悪の毒になる。虚偽申告の問題を増やし、接触の実態を確かめる妨げになるわ」
「じゃあ……俺たちは、どうすればよかったんですか」
白鷲の隊長が、縋るような声で問う。
「レオが難民を助けていたのは事実です。俺たちがそれを見逃したのも事実だ。でも、俺たちは絶対に国を裏切ってなんかいない! それなのに、審問院の連座でパーティの活動が止められたら、俺たちのこれまでの努力は全部……っ」
「窓口で担当へつなぐべきだったわ。今から、その手続きを進めましょう」
クララは法規集のページをめくり、ある条文を指差した。
「ギルド法規第四章、『緊急分離』の項目。……ノエル審査官。彼らの事案は、この条文を適用する要件を満たしているかしら?」
「ええ」
ノエルは淡々と頷いた。
「確認できた三回の接触は、人道物資の運搬です。情報や武器の提供を示す資料は、今のところ見つかっていません。しかし、召喚状が届いている以上、彼に嫌疑がかけられているのは事実です。よって、安全確保のために責任未確定の彼をパーティから一時的に切り離す『緊急分離』の適用が妥当と判断します」
ノエルの言葉を引き継ぐように、クララが白鷲のメンバーたちに説明を始める。
「いいこと? 緊急分離は、対象者を『有罪』として追放する制度じゃないの。あくまで、調査が終わるまで一時的に別行動をとらせるだけの措置よ。そして最大のメリットは、ギルドが正式な記録を審問院へ移送するまでの間、審問院との取決めに基づき、記録が届くまで『組織連座の判断を保留するよう申し入れられる』点にあるわ」
「連座を……保留……?」
魔法使いの女性が、ハッとして顔を上げた。
「保留要請は、すでに法務局から出したわ。受領と適用の回答を待っているところ。明日の出頭は必要です」
クララは四人を見回した。
「パーティが二回目から知っていたことも、支援内容の記録も全部送る。審問院が個々の関与を調べることは止められない。でも、パーティに所属しているという理由だけで全員を止める前に、事実を見てもらう道はある」
その言葉に、白鷲の三人と、レオの目が大きく見開かれた。
彼らは審問院という名前に怯え、連座の恐怖から逃れるために、必死で証拠を捏造し、仲間を切り捨てる嘘の台本を作った。
しかし、法という武器を正しく使えば、誰も嘘をつく必要はなかったのだ。誰も、裏切り者の汚名を着る必要はなかった。
「そんな……俺たちは……」
隊長は両手で顔を覆い、肩を震わせた。
「俺たちは、なんて馬鹿なことを……っ。自分たちで自分たちの首を絞めて、レオを永遠の罪人にするところだった……!」
「すまねえ、隊長……」
レオもまた、涙を堪えるように目を赤くして俯いた。
「俺が勝手なことをしたばっかりに……みんなに、あんな嘘をつかせるまで追い詰めちまった……」
互いを守ろうとしたが故の、悲しいすれ違い。
ミラは、胸の奥が温かくなるのを感じていた。彼らは、リナのように自己保身のために仲間を陥れようとしたわけではない。やり方を間違えただけで、彼らの根底にあったのは確かな「絆」だった。
「ノエル先輩……」
ミラが期待を込めた眼差しを向けると、ノエルはペンを取り、彼らが提出した「責任解除申請書」に大きくバツ印を書き込んだ。
「本件の『一回限りの無断密会』を理由とする虚偽の責任解除申請は、却下します」
ノエルは新しい書類――緊急分離の申請用紙――を引き寄せた。
「ただし、状況の切迫性に鑑み、職権にてレオ氏の『緊急分離』を直ちに実行します。レオ氏は一時的にパーティから離脱。白鷲の皆さんが事実を把握していた件についても、隠さずに審問院へ記録を移送します。……それでよろしいですね?」
「はい……! よろしくお願いします!」
隊長は立ち上がり、ノエルとクララに向かって深く、深く頭を下げた。他の三人もそれに続く。
彼らの顔からは、昨日までの不自然な演技の影が消え、憑き物が落ちたような安堵が浮かんでいた。
裁定はまだ出ていない。それでも、明日まで嘘を重ね続ける以外の道が、初めて書面になった。
(よかった……本当に、よかった)
ミラは心から安堵の息を吐いた。制度を使って問題を解きほぐす。これが、審査官という仕事の本当の価値なのだと、彼女はクララとノエルの背中から学んでいた。
しかし。
第三審査室が安堵の空気に包まれた、まさにその時だった。
カチャリ、と重い音を立てて、審査室の扉が開かれた。
「――いやいや。それでは困るんだよ、ノエル審査官」
悠然とした足取りで入ってきたのは、豪奢なマントを羽織った初老の男。
副ギルド長、ルーファス・グレンだった。
ルーファスは冷ややかな笑顔を貼り付けたまま、ノエルのデスクへと歩み寄った。
「私は昨日、君に『波風を立てず、迅速に処理してもらいたい』とお願いしたはずだがね。私の言葉の意味が理解できなかったのかな?」
「ルーファス副ギルド長……」
クララが眉をひそめ、一歩前に出ようとするが、ルーファスは片手でそれを制した。
「S級候補である『白鷲』のメンバーが、事前に密会を知りながら黙認していた。そんな事実が審問院の記録に残り、公式に発表されてみたまえ。スポンサーの貴族たちは激怒し、ギルドの管理体制を問いただしてくるだろう。ギルドの信用はガタ落ちだ」
ルーファスは却下された申請書へ目を落とした。
「本人が同意していた案件だろう。まず契約だけを切り、認識の食い違いは審問院に任せるべきではないか。費用を出しただけで組織的な黙認と書けば、過剰な評価になる」
「用途を記した承認書もあります」
ミラが差し出すと、ルーファスは手を伸ばさなかった。
「記録の書き方には裁量があるはずだ。私は、断定的な文言を控えろと言っている」
「ノエル審査官」
ルーファスは却下印の横に指を置いた。
「組織の決定は重い。支援が止まれば、困るのはこの人たちだけではない。君の判断が及ぼす損失まで、引き受ける覚悟はあるのかね」
白鷲の隊長が、机の上の緊急分離申請書を見た。まだ乾いていない署名の上で、その手が止まった。




