第29話 憎んでいるふり
レオの装備修理費と弁護費用は、白鷲の三人が負担していた。
ミラは会計記録を脇へ置いた。援助したことと、接触をいつ知ったかは別だ。まだ後者の答えは出ていない。
「……勘違いするな」
沈黙を破ったのは、白鷲の隊長だった。彼は顔に薄っすらと汗をかきながらも、必死に威厳を保とうと声を絞り出した。
「俺たちは、こいつの裏切りを昨日まで本当に知らなかった。昨日、初めてあの写真の密会現場を目撃して、事実を知ったんだ。ただ……こいつがこれまでパーティに貢献してくれたのも事実だ。だから、せめてもの退職金代わりというか、情けとして費用を出してやっただけだ」
「そうです! 私たちは本当に知らなかったの!」
魔法使いの女性も、隊長の言葉にすがるように声を上げた。
「昨日、レオが一人でこっそり出かけるのを見て、おかしいと思って尾行して……それで初めて知ったんです! こんな裏切り、もっと前から知ってたら、その時点で止めてました!」
彼らはあくまで、「昨日初めて知った」「密会はあの一回限りだと思っていた」という主張を崩そうとしない。
三回の接触記録という事実を突きつけられてもなお、自分たちの認識としては昨日の一回だけだと強弁しているのだ。
ミラは、彼らの必死な様子を見つめながら、小さく息を吐いた。
(……嘘だ)
ミラの直感は、彼らが何かを隠していると告げていた。
だが、リナの事件で学んだ通り、審査官は直感や「見た目」だけで判断を下してはならない。彼らが嘘をついているという客観的な事実を、自らの手で引き出さなければ。
「……ノエル先輩」
ミラは立ち上がり、静かな声で提案した。
「彼らの主張を正確に記録するため、パーティのメンバー三人に、それぞれ別室で個別の聞き取り調査を行わせてください」
「ほう」
ノエルは少しだけ目を丸くしたが、すぐに小さく頷いた。
「許可します。書記官として、正確な事実を拾ってきてください」
「はい!」
ミラはまず、魔法使いの女性を別室へ案内した。
「それでは、昨日の状況について、もう一度詳しく教えていただけますか?」
ミラは手元の羊皮紙にペンを走らせる準備をしながら、相手の目を見つめた。
かつてのミラなら、ここで「本当はレオさんを助けたいんじゃないですか?」などと、自分の思い込みに基づく誘導質問をしてしまっていただろう。だが、今の彼女は違う。ただ透明な鏡になり、相手の言葉をそのまま掬い取ることに徹した。
「ええ……昨日、夕暮れ時にレオが一人でこっそり宿を出て行くのを見たんです。それで、なんだか様子がおかしいと思って、私たち三人で尾行しました」
女性はハンカチを握りしめながら答える。
「そうしたら、森の奥の難民キャンプで、レオが悪魔族と荷物をやり取りしていて……本当にショックでした。あんな裏切り、私たちは『我々は知らなかった』んです。本当に、『一回限りの出来事』だと……」
ミラは相槌を打ちながら、その言葉を正確に書き留める。
次に、もう一人の前衛の男を呼んで同じ質問をした。
「あいつが一人で出て行くから、俺たちで尾行したんだ。そしたら悪魔族と会ってやがった。信じられなかったぜ。あんなこと、『我々は知らなかった』んだからな。どうせ『一回限りの気の迷い』だったんだろうが、許されることじゃねえ」
そして最後に、隊長から話を聞く。
「陳述書に書いた通りだ。昨日、レオの不審な外出を尾行して現場を押さえた。過去にもやっていたなんて、『我々は知らなかった』。我々の認識としては『一回限りの無断密会』だ。それ以上でも以下でもない」
三人の聞き取りを終え、第三審査室に戻ってきたミラの目は、確信に満ちていた。
「ノエル先輩。三人の調書が完成しました」
ミラは三枚の羊皮紙をノエルの前に並べ、特定の箇所をペンで指し示した。
「三人にそれぞれ、昨日の状況を自由な言葉で語ってもらいました。ですが、彼らの証言には、不自然なほど完全に一致している表現があります」
ミラが指し示した部分には、三人とも一言一句違わずに同じ言葉が記されていた。
『我々は知らなかった』
『一回限り』
「それぞれ別室で、別々の聞き方をしたにもかかわらず、三人はまるで示し合わせたように、この二つの言葉を必ず文脈にねじ込んできました。ただ、それだけで嘘とは決められません。三人で先に相談すれば、同じ表現にもなります」
ミラは隊長たちを見据え、凛とした声で言い放った。
「確認したいのは、その言葉が指す時期です。三人とも『昨日初めて知った』という説明を維持しています」
隊長の顔が、目に見えて引き攣った。魔法使いの女性も、気まずそうに目を泳がせている。
「……よくやりました、ミラ」
ノエルはミラの成長を称えるように短く告げると、さらに一枚の書類を鞄から取り出した。
「各自の認識が記録できました。では、その説明を窓口の記録と照合します」
ノエルが机に置いたのは、ギルドの一階にある総合相談窓口の『対応記録簿』の写しだった。
「隊長。あなたは責任解除を申請する前日、つまり一昨日の午後に、ギルドの窓口を訪れていますね」
「なっ……」
「記録によれば、あなたは窓口の職員に対して、『審問院が定義する組織内通と、個人による無許可接触の違いは何か』と質問している。窓口の職員は、情報や軍需物資の提供がない人道支援であれば、個人の無許可接触に留まるという一般論を回答しています」
ノエルは記録簿の行を指でなぞる。
「そこであなたは、『もしパーティ内の一人が無許可接触で召喚された場合、他のメンバーの活動はどうなるのか』と踏み込んだ。職員は、初期調査中は全員が活動停止になるリスクがあること、それを避けるための『緊急分離』という制度があることを告げました。しかし――」
ノエルの冷徹な声が、白鷲のメンバーの絶望を浮き彫りにしていく。
「職員は、緊急分離の具体的な適用条件については『担当審査官の判断による』としか答えなかった。……あなた方は焦ったはずです。明日にも審問院の召喚状が届くかもしれないという状況で、緊急分離が確実に認められるかどうかの確証が得られなかったからです」
隊長は唇を噛み締め、俯いた。
「だからあなた方は、確実にレオ氏をパーティから切り離し、自分たちへの連座を防ぐための手段を選んだ。それが、昨日一日のためだけに急造された『一回限りの無断密会を独自に発見し、即座に追放した』という、この強引な責任解除申請の正体です」
ノエルの言葉は、寸分の狂いもなく彼らの行動原理を解体していた。
「レオ氏もまた、あなた方に迷惑をかけないために、この偽装に同意した。……違うと言えますか?」
「…………」
隊長は何も答えられず、ただ強く拳を握りしめていた。
ミラは返答がなかったことだけを書いた。沈黙を同意には変えなかった。
「……推測だ」
長い沈黙の後、隊長が顔を上げ、血走った目でノエルを睨みつけた。
「お前の言っていることは、全部ただの推測だ! 俺たちは本当に知らなかった! こいつの裏切りは昨日初めて知ったんだ! 証言が似ていたのも、俺たちがそれだけ同じ怒りを共有していたからだ! 過去から知っていたという明確な証拠がない限り、俺たちの申請は正当だ!」
もはや見苦しいほどの強弁だった。彼らは連座の恐怖から、この「昨日初めて知った」という最後の嘘の糸に、必死にすがりついているのだ。
「推測、ですか」
ノエルは少しも表情を変えず、最後の書類――ギルドの『活動支援記録』と、照会に応じて白鷲が提出した内部の経費決済簿を机に置いた。
「では、署名のある申請控えを確認してください」
ノエルはその束の真ん中あたりを開き、隊長へと突きつけた。
「これが、あなた方が『一回限り』ではなく、過去からレオ氏の接触を把握し、さらにそれを支援すらしていたという、明確な連続記録です」




