第27話 証拠が揃いすぎている
冒険者ギルドにおいて、特定の禁制種族や敵対勢力との接触は重大なタブーとされている。
特に、過去に幾度も人族と干戈を交えてきた『悪魔族』との密会は、単なるギルドの規約違反にとどまらず、国家の治安を脅かす反逆行為として扱われる危険性すら孕んでいた。
申請翌朝、第三審査室の長机を挟み、異様な緊張感が漂っていた。
座っているのは、S級への昇格を間近に控えた有名パーティ『白鷲』のメンバー三人。そして、彼らから少し離れた席に、一人の槍士が腕を組んで黙り込んでいる。彼が本件の対象者である、レオだった。
「ノエル審査官。信じたくはありませんでしたが、申請した通り、彼の無断行動を審査していただきたい」
白鷲の隊長が、苦渋に満ちた表情で机の上に数枚の書類を並べた。
「俺たちのパーティの槍士であるレオが、悪魔族の難民キャンプに無断で出入りし、彼らと密会していたんです。我々は組織としてこの件に一切関知しておらず、昨日、独自にこれを発見し、即座に処分を決定しました。……責任解除による追放を申請します」
隊長が差し出したのは、接触を裏付ける資料だった。
遠方から魔法具で隠し撮りされた一枚の写真には、黒い角を持つ悪魔族の男と、レオが森の奥で荷物をやり取りしている姿が鮮明に写し出されていた。
さらに、レオの私物から見つかったという、悪魔族の文字で書かれた短い手紙。
そして、パーティメンバー三人がそれぞれ署名した、「レオが一人でキャンプへ向かうのを目撃し、尾行して確認した」という詳細な陳述書である。
ミラは写真と陳述書を交互に見比べ、息を呑んだ。
「レオさん。接触したこと、渡した物、仲間が知っていた時期を、分けて伺います。まず写真に写っているのは、あなたですか?」
ミラがレオに問いかけると、彼はふてぶてしい態度で肩をすくめた。
「ああ、認めるよ。俺が一人で勝手にやったことだ。隊長たちには内緒でな。追放でもなんでも、さっさと手続きを済ませてくれ」
レオのあっさりとした同意に、ミラは拍子抜けした。
これまでの審査では、対象者は必死に弁明したり、恐怖で泣き崩れたりするのが普通だった。しかし、レオはまるで「早く自分を切り捨ててくれ」とでも言わんばかりに、自らの罪を淡々と受け入れている。
「レオ……お前、なんでこんな馬鹿な真似を……」
白鷲の魔法使いの女性が、悲しげにハンカチで目元を押さえた。
「私たちはあんなに苦楽を共にしてきたのに。お前が一人で悪魔族と関わるなんて、私たちは昨日まで、本当に何も知らなかったのよ……」
彼女の涙ながらの言葉に、隊長も深く頷く。
「我々『白鷲』は、ギルドと国に忠誠を誓う冒険者です。個人の勝手な裏切りによって、パーティ全体の信用を汚されるわけにはいかない。だからこそ、情を捨てて彼を切り捨てます」
彼らの言葉には、仲間を失う悲痛さと、組織を守るための苦渋の決断が滲み出ていた。
接触した写真はある。だが、荷物の中身までは写っていない。
ミラは、レオの同意を記した欄の隣に「何を認めたか」と書き添えた。クロウの同意書を受け取った日に、ノエルが確かめていたことだった。
ミラがノエルの方を盗み見ると、ノエルは写真と手紙、そして三人の陳述書を、感情の読めない瞳でじっと見つめていた。
「ノエル審査官。これで証拠は十分なはずです。すぐに承認を」
隊長が急かすように言うと、ノエルは書類から顔を上げ、静かに口を開いた。
「隊長。一つ確認させてください」
「なんだ?」
「レオ氏の悪魔族との密会。あなた方はこれを『一回限りの無断密会』であり、『昨日初めて発見した』と主張していますね」
「ああ、そうだ。陳述書に書いた通りだ」
ノエルは写真と手紙を、隊長の目の前に滑らせた。
「奇妙ですね。これほど完璧に揃えられた証拠が、すべて『不自然に同じ一日』に集中している」
「……何?」
「写真の撮影日、手紙の消印、そしてあなた方三人が『偶然レオ氏の不審な行動に気づいて尾行した』という陳述書の日付。これらがすべて、昨日のわずか数時間の間に起きたことになっています」
ノエルは淡々と、しかし鋭いメスを入れるように事実を解体していく。
「ここにある資料が証明するのは、昨日の接触です。それ以前にはなかったことまで、この写真では分かりません。過去の出入りも照会します」
隊長の顔が、わずかにこわばった。
「そ、それは……本当に昨日、たまたま初めて見つけたからだ! 見つけたその日に、慌てて証拠を揃えたんだから、日付が集中するのは当たり前だろう!」
「ええ、その可能性もあります」
ノエルはあっさりと引き下がる素振りを見せつつ、さらなる矛盾を突きつけた。
「ですが、もう一つ奇妙なことがあります。陳述書によれば、あなた方はレオ氏の裏切りに激怒し、即座に彼を追放することを決めたとありますね」
「当然だ。組織の規律を乱す裏切り者は許せない」
「ならば、なぜ彼に対する『違約金』や『未精算報酬の返還』を一切請求していないのですか?」
ノエルの言葉に、白鷲のメンバー三人が一瞬、息を呑むように硬直した。
「通常、これほどの裏切り行為によってパーティに損害を与えた場合、申請側は被申請者に対して多額の賠償を求めます。しかし、あなた方はただ『レオ氏をパーティから切り離すこと』だけを求め、金銭的な請求権を完全に放棄している。まるで……」
ノエルの冷ややかな視線が、隊長とレオを交互に射抜いた。
「……彼を悪者にして体よく切り捨てる代わりに、せめて金銭面だけは配慮してやろうという、奇妙な『情け』をかけているように見えますが」
「いいがかりだ!」
隊長が机を叩いて立ち上がった。
「俺たちはただ、一刻も早くこいつとの縁を切りたいだけだ! 金の問題で係争を長引かせたくないから、請求を放棄したんだ。それのどこがおかしい!」
「……俺も、隊長たちの温情には感謝してるよ。だから早く印を押せって言ってんだろ」
レオも隊長に同調するように、ノエルを睨みつけた。
申請者と被申請者が、まるで互いをかばい合うように同じ主張を繰り返している。
ミラははっきりと直感した。彼らは憎み合ってなどいない。何か、もっと巨大な理由があって、急いでレオを「追放されたこと」にしなければならない事情があるのだ。
その時。
第三審査室の扉が開き、顔を真っ青にしたギルドの伝令が駆け込んできた。
「た、大変です! ノエル審査官!」
「どうしました」
「今しがた、ギルド本部に国家の『審問院』の使いが来ました。……パーティ『白鷲』のメンバー全員に対し、明日付での出頭を命じる『召喚状』です!」
「審問院の……召喚状だと?」
隊長がへたり込むように椅子に座り、魔法使いの女性が小さな悲鳴を上げた。
彼らの顔には、隠しきれない絶望と焦燥が浮かんでいた。
ミラは驚愕してノエルを見た。クララから説明を受けた、国家安全案件を扱う恐ろしい機関。そこから、ピンポイントで明日付の召喚状が届いた。
「……明日ですか」
ノエルは召喚状の期限を確かめた。
「審査の途中でも、緊急の保護措置は検討できます。まず、渡した物を確かめます」
「そんなことをしていたら、間に合わない!」
隊長の声が裏返った。
レオがその袖をつかむ。追放しようとしている男と、されようとしている男の手が、机の下で重なっていた。




