第25話 追放を認めます
翌日の正午。
冒険者ギルド三階の第三審査室には、昨日とは打って変わって、冷え切った静寂が満ちていた。
『赤の獅子』のリーダーである剣士は腕を組み、険しい顔で長机の前に座っている。その隣には、すっかり生気を失い、ただうつむいて微かに震えるリナがいた。
ミラは書記官の席に座りながら、二人の姿を痛ましい思いで見つめていた。
(どうして、こんなことに……)
ミラは、リナをいじめから救ってあげたいと本気で思っていた。だが、彼女が救おうとした少女は、仲間の命を弄んだ加害者だったのだ。
「これより、冒険者パーティ『赤の獅子』から提出された、錬金術師リナ氏に対する『故意または重過失による仲間の危険化』を理由とした責任解除申請の最終判定を言い渡します」
ノエルは静かな声で宣言し、机の上に並べられた証拠書類――破損装備の部位リスト、補修薬の使用記録、黒硝酸の購買記録、そして中和剤の消費量記録をペンで指し示した。
「薬品の成分、選択的な塗布痕、分解整備と受渡しの記録を合わせ、彼女が継続的に仲間の装備へ意図的な細工を施し、本人が致命傷を避けられると考えた部位で故障を誘発させていた事実を認定します」
ノエルは申請書に、ゆっくりと朱印を押した。
「よって、本件の責任解除申請を『承認』します。リナ氏のパーティからの即時追放、および解雇補償の免除を認めます。また、彼女の冒険者記録には『故意による重大な仲間の危険化』という事実が永久に記載されます」
その言葉が響いた瞬間、リナの肩がビクッと大きく跳ねた。
永久に記載される責任記録。登録や昇格査定への直接の影響は二年間。だが原記録はその後も残る。信頼を取り戻す仕事は、停止期間が終わってからも続く。
「さらに」
ノエルはリナを真っ直ぐに見据えた。
「資格については、規律委員会が証拠と本人の意見を確認し、六ヶ月の一時停止を決定しました。依頼受注と遠征はできませんが、治療と再訓練の窓口は利用できます。被害者への補償と傷害の疑いは、それぞれ別に審査・送致します」
「……はい」
リナは掠れた声で返事をし、ポロポロと涙をこぼした。
「……ごめんなさい。みんな……ごめんなさい……っ」
彼女の謝罪は、今度こそ心からのものだったのかもしれない。だが、騙され、裏切られ、命の危険に晒されていた仲間たちの心には、もはや少しも届いてはいなかった。
「ふん」
リーダーの剣士は冷たく鼻を鳴らし、席を立った。
「当然の処分だ。俺たちとしては、あいつが二度と冒険者を名乗れないように永久追放してほしいくらいだが……まあ、審査室がそう決めたんなら従うよ。行くぞ、お前ら」
剣士たちはリナに一瞥もくれることなく、背を向けて審査室から出て行った。
取り残されたリナは、しばらくその場で泣きじゃくっていたが、やがてふらふらと立ち上がり、誰にともなく深く頭を下げて、力なく部屋を出て行った。
扉が閉まり、室内にいつもの埃っぽい匂いと静寂が戻る。
ミラはペンを置き、両手で顔を覆って深くため息をついた。
「……終わりましたね」
「ええ。記録と物証の整理をお願いします」
ノエルは淡々と次の仕事の準備を始めている。その冷徹な姿を見て、ミラはどうしても抑えきれない感情を吐き出した。
「先輩は……こうなるって、最初から分かってたんですか?」
「『こうなる』とは?」
「リナさんが、ただいじめられてる被害者じゃなくて……本当はひどいことをしてた、加害者だってことです。最初から、彼女を追放するために調査をしてたんですか?」
ミラの言葉には、微かな非難の色が混じっていた。
これまでの事件では、ノエルは表向きの告発を覆し、被追放者の「無実」や「本当の功績」を証明して彼らを救ってきた。だからミラは、第三審査室は「理不尽に追放されそうな人を助ける部署」なのだと、どこかで信じ込んでいたのだ。
「ミラ」
ノエルは書類から顔を上げ、凪いだ瞳でミラを見つめた。
「私は彼女を追放『する』ために調査をしたわけでも、追放から『救う』ために調査をしたわけでもありません。私はただ、記録の矛盾を追い、真実がどちらに転ぶかを確認しただけです」
「でも……」
「結果として、クロウ氏やミーナ氏の時は申請側に嘘や誤解があり、リナ氏の時は彼女自身に嘘があった。それだけのことです」
ノエルの声は、決して感情的ではなかったが、岩のように固い信念に満ちていた。
「私たちは、被追放者の味方ではありません。申請者の味方でもない。私たちの仕事は、事実を整理し、契約と記録を守ることです。……あなたが『弱い側を救えば正しい』という思い込みで仕事をしているなら、それはいつか、必ず致命的な過ちを犯しますよ」
その言葉に、ミラはハッとして顔を上げた。
最初にリナを見た時、ミラはまた不当に追放される人だと思った。途中で判断を留め、薬と記録を待てたことには意味がある。それでも、最初に浮かんだ答えが間違っていた怖さは残った。
「……私の、思い込みでした。ごめんなさい」
ミラは自分の浅はかさを恥じ、深く頭を下げた。
「救うことが、正しい判定とは限らないんですね」
「ええ。正当な理由がある追放ならば、それは認められなければならない。それが、ギルドという組織の秩序を守るということです」
ノエルは書類をトントンと揃え、引き出しにしまった。
「ただし」
「え?」
「リナ氏の精神的な背景――極度の自己評価の低さと、見捨てられることへの異常な恐怖については、彼女の悪意とは別の問題として評価しました」
ノエルは窓の外を見つめながら、静かに付け加えた。
「資格剥奪も検討される事案です。規律委員会は反復性と負傷の結果を重く見たうえで、治療と再訓練の機会を残しました。六ヶ月経てば自動的に復帰できるわけではありません。安全に仕事を任せられるか、改めて確認されます」
ミラは驚いてノエルを見た。
被害者を守ることと、加害者の治療を妨げないこと。どちらも記録の中に、別々の措置として残されていた。
「先輩……」
「さあ、落ち込んでいる暇はありませんよ。ミラ」
ノエルはいつものように事務的な態度に戻り、新しい書類の束をミラのデスクに置いた。
「次の案件の回覧です。目を通しておいてください」
「はい……」
ミラは気持ちを切り替え、気合を入れて書類を受け取った。彼女はもう、二度と「見た目の可哀想さ」だけで判断を誤ったりはしないと心に誓っていた。




