第23話 必要とされる薬
翌朝、ノエルたちは工房の共同作業室で、薬品照会の回答を待っていた。保全した装備と薬は監査課へ運ばれ、バルトが比較試験を進めている。
リナは椅子に浅く腰掛け、調書の故障件数から目を離せなかった。
「ち、違います……っ! 私、そんな恐ろしいこと、本当にやってません……! 補修薬の使用量が増えたのは、みんなの装備がよく壊れるようになったから、私が徹夜してたくさん作って、直してあげただけで……っ」
涙声で必死に弁解するリナ。
ミラは手元の調書を抱きしめるようにして、痛ましい光景から目を背けたくなった。
もしリナの言う通り、彼女が本当にただ不器用なだけで、仲間のために徹夜で薬を作っていたのだとしたら。ノエルの冷徹な追及は、精神的に追い詰められた少女をさらにいじめているだけに過ぎない。
「ノエル先輩……」
ミラがためらいがちに口を開こうとしたが、ノエルはミラを一瞥すらせず、淡々と懐から一枚の書類を取り出した。
「リナ氏。私はすでに、あなたがギルドに提出している月次の『錬金術師活動報告書』と、『赤の獅子』の遠征簿を照合しています」
ノエルは書類を広げ、無機質な声で読み上げた。
「過去三ヶ月間。あなた方のパーティにおける装備のマイナートラブル――留め金が外れる、弦の固定具が緩むといった『非致命的な故障』の発生件数は、それ以前の半年間と比べて四倍以上に急増しています。そして、それに全く比例するように、あなたが調合し、仲間の装備に塗布した『即効性補修薬』の使用量もまた、四倍に跳ね上がっている」
「そ、それは……壊れる回数が増えたから、直す薬がたくさん必要になっただけで……!」
「その説明は成り立ちます」
ノエルは使用量の欄に印を付けた。
「故障が増えれば、補修薬も増える。この二つの数字だけで、直すために壊したとは言えません。だから、故障を起こした成分と、整備の方法を別に調べています」
「違います……っ! 信じてください、わざとじゃありません……!」
リナの必死の否定に、二人の剣士も顔を見合わせた。
「審査官殿、あんたの言うことは理屈は通ってるが……こいつがそんな陰湿な自作自演をやってたって、まだ確証はないんだろう?」
リーダー格の剣士が、複雑な表情でノエルに尋ねる。
「こいつの調合した防錆液に、たまたま酸が混ざっちまったとか……そういう偶然の過失って線は、完全に消えたわけじゃないんだろう?」
彼らもまた、自分たちが仲間だと思っていた少女が、狂気じみたマッチポンプを行っていたと認めるのが恐ろしかったのだ。
「ええ、その通りです」
ノエルはあっさりと剣士の言葉を肯定した。
「ですから、独立証拠を確認します。ミラ、先ほど手配した調達局への照会結果は」
「あっ、はい! ギルドの伝令から、さっき届きました」
ミラは鞄から封筒を取り出し、中に入っていた数枚の羊皮紙をノエルに手渡した。それは、王都の薬種問屋およびギルド調達局における、リナ個人の直近数ヶ月の購買記録だった。
ノエルは記録に素早く目を通し、ある項目でペン先を止めた。
「リナ氏。あなたは直近の三ヶ月間、月に二回のペースで『黒硝酸』という薬品を、小瓶一つ分ずつ定期的に購入していますね」
黒硝酸。その薬品名が出た瞬間、リナの顔から完全に血の気が引いたのが、ミラにもはっきりと分かった。
ちょうど戻ってきたバルトが、監査課での分析書を作業台へ置いた。
「この黒硝酸は、金属や樹脂を急激に酸化・腐食させる性質を持つ、極めて強力な酸です。……バルトさん、装備に付着していた酸性結晶と、この薬品の成分は合致しますか?」
バルトは腕を組んで深く頷いた。
「今朝の分析で一致した。登録済みの補修薬と防錆液には、同じ成分は出なかった。正常な薬を部品の隙間に残しても、同じ腐食は再現しねえ」
ノエルは再びリナを見下ろし、冷徹な声で問い詰めた。
「リナ氏。あなたがギルドに登録しているポーションや防錆液の正規レシピの中に、この黒硝酸を用いるものは一つも存在しません。あなたはいったい何のために、正規の調合には使わない強力な酸を、定期的に少量ずつ買い集めていたのですか?」
工房の中に、息の詰まるような沈黙が落ちた。
剣士たちの視線が、一斉にリナへと突き刺さる。
「……リナ」
リーダー格の剣士が、地の底から響くような低い声で呼んだ。
「お前、本当に……俺たちの装備を溶かすために、わざわざそんな酸を買ってたのか……?」
「ち……違います……っ!」
リナは後ずさりし、作業台の端に背中を押し当てながら、首を振り続けた。
「その酸は……別の実験に使おうと思って……新しい、強い魔獣用の毒薬を作れないかと思って……少しずつ買ってただけで……!」
酸を買っただけなら、装備に塗った証明にはならない。
ミラは悲しい気持ちでリナを見つめた。ミラは「別の実験」と書き留め、その横に確認欄を作った。もう、相手の顔つきで空欄を埋めることはしない。
「別の実験、ですか」
ノエルはリナの弁解を否定せず、ただ静かに頷いた。
「ならば、その実験の痕跡が、この工房のどこかにあるはずですね」
「えっ……」
「実験に使ったことと、整備に使ったことは別です。薬品の管理記録も見せていただけますか。工房の検査は、契約に定められた共同設備の範囲で行います」
ノエルはバルトへ目配せをした。
「バルトさん。工房の薬品棚と、廃液樽の中身を確認してください」
「任せな」
バルトは大股で工房の奥にある薬品棚へと歩み寄り、ずらりと並んだガラス瓶を物色し始めた。
「や、やめて……! 私の作業台を勝手にいじらないで……!」
ノエルは検査対象の一覧をリナにも示した。私物の手紙や実験帳を無断で開くことはせず、共同薬品棚と廃液の採取位置を彼女の前で記録した。
「おい、これか」
バルトが薬品棚の奥、他の瓶の影に隠されるようにして置かれていた、大きめの茶色い遮光瓶を引っ張り出した。
瓶には『強アルカリ中和剤』とラベルが貼られている。
「中和剤……」
ミラが呟くと、バルトは瓶を軽く振って中身の量を確認した。
「かなり減ってやがるな。それに、こっちの廃液樽の底だ」
バルトは換気を確かめ、保護具を着けて廃液を少量採取した。
「臭いだけじゃ分からねえ。中和後に残る成分を検査する。購入量と残量が合うかもな」
ノエルは手元の購買記録を再び確認した。
「リナ氏。この中和剤の購入時期と消費量もまた、あなたが黒硝酸を購入し、仲間の装備が故障した時期と完璧に一致します」
ノエルは記録書をトントンと机で揃え、感情の読めない瞳でリナを射抜いた。
「酸を扱ったことは確認できそうです。しかし、何に使ったかは別に調べる。装備に残る塗布の形と、比較試験の結果を待ちましょう」
バルトは採取した廃液と塗布痕の図を持ち、監査課へ戻った。




