第21話 いじめられる錬金術師
王都の職人街の裏手にひっそりと佇む、中堅パーティ『赤の獅子』の専属工房。
ノエルとミラ、そして現場監査課のバルトの三人がその重い木戸を押し開けると、中からは薬品の焦げたような饐えた匂いと、冷たい怒声が漏れ聞こえてきた。
「またかよ! 何度言ったら分かるんだ、リナ! お前が調合した強化薬を塗ったせいで、俺の剣の留め具がまた錆びついて動かなくなったじゃないか!」
「ご、ごめんなさい……っ、分量、間違えちゃって……」
「ごめんで済むかよ! 先週の遠征じゃ、お前が持ってきた解毒薬が薄すぎて、シドの毒が抜けきらずに三日も休む羽目になったんだぞ。お前、本当に錬金術師なのか?」
「す、すみません……私、不器用で……」
工房の中央では、革鎧を着た二人の剣士が、怯えて縮こまる小柄な少女を苛立たしげに見下ろしていた。
少女――錬金術師のリナは、顔を覆うほど長い前髪の奥で涙目を潤ませ、震える手でフラスコを抱きしめながら、ただひたすらに謝り続けている。
その光景は、誰がどう見ても「横暴な前衛が、立場の弱い後衛を一方的にいじめている」という痛ましい構図だった。
ミラの顔に、さっと怒りの色が浮かぶ。
(ひどい……! あんな言い方しなくたっていいのに。リナさんは一生懸命やってるだけなのに、失敗したからって寄ってたかって責めるなんて)
ミラはこれまでの事件を思い返していた。討伐数ゼロを理由に捨てられそうになったクロウ、治癒魔法を使わなかったことで罵倒されたミーナ。彼らは皆、表向きは無能や冷酷な人間として責められながらも、実は誰よりもパーティのことを思い、正しい仕事を行っていた。
今回もきっと同じだ。あのリナという少女は、不器用かもしれないが、きっと見えないところで必死にパーティを支えているに違いない。
「お取り込み中のところ、失礼します」
ノエルが静かな声で歩み寄ると、剣士たちはハッとして振り返った。
「冒険者ギルド第三審査室のノエル・ヴァイスです。あなた方から提出された、錬金術師リナ氏に対する責任解除申請の調査に参りました」
「ああ、審査官殿か! 遅かったじゃないか」
リーダー格らしい剣士が、忌々しげにリナを指差した。
「こいつの無能っぷりは見ての通りだ。ポーションの調合ミス、武器の防錆処理の失敗、あげくの果てには荷物の数まで間違える。おかげで俺たちは、ここ一ヶ月まともに依頼を達成できてない。パーティの空気も最悪だ。これ以上、こんな足手まといを抱え込む余裕は俺たちにはない。さっさと追放の手続きを進めてくれ!」
剣士の言葉は棘に満ちており、一切の容赦がなかった。リナは「ひぐっ」と小さくしゃくりあげ、さらに体を小さく丸める。
ミラはたまらず一歩前に出た。
「あの、いくら失敗が多いからって、そこまで言わなくても……。彼女だって、わざと失敗してるわけじゃないんですから」
「わざとじゃなければ、仲間の足を引っ張っていいとでも言うのか、書記官の姉ちゃん」
もう一人の剣士が、ミラを睨みつけた。
「俺たちは命を懸けて迷宮に潜ってるんだ。武器の不具合一つ、ポーションの遅れ一つが死に直結する。こいつのミスでシドは危うく死にかけたし、俺の弓だって弦を固定する金具が突然割れて、魔獣の群れのど真ん中で使い物にならなくなったんだぞ! 無能な味方は、敵より怖いんだよ!」
その剣幕に、ミラは言葉を詰まらせた。
彼らの態度は確かに横暴で冷酷に見えるが、その根底にあるのは「命を脅かされることへの恐怖」と、度重なるトラブルによる「極限の疑心暗鬼」なのだ。
「……リナ氏」
ノエルは仲間の怒号には一切動揺せず、ただ事務的な声でうつむく少女に語りかけた。
「申請書には、あなたが『重過失による仲間の危険化』を引き起こしたとあります。あなた自身は、これらの失敗が自分の手落ちによるものだと認めているのですね?」
「は、はい……」
リナは震える声で頷いた。
「私が、ダメだから……。強化薬の配分を間違えたり、荷物の重さを読み違えたり……ぜんぶ、私のせいです。私が無能だから……ごめんなさい、ごめんなさい……捨てないで……」
リナの態度は、最初の申請で会ったクロウとよく似ていた。自己評価が著しく低く、強気な仲間の言葉をすべて内面化してしまい、自ら「無能」のレッテルを受け入れている。
(やっぱりだ。リナさんは、精神的に追い詰められてるだけなんだわ)
ミラは確信した。この案件は、いじめとプレッシャーによって萎縮してしまった有能な人材を、横暴な仲間から救い出す事件なのだと。
「ノエル先輩。彼女、もう十分に反省してます。これ以上責めるのは可哀想です。それに、ただの『能力不足』や『失敗』は、責任解除の要件を満たさないんじゃなかったですか?」
ミラの耳打ちに、ノエルは冷ややかに目を細めた。
「ええ、そうです。能力の低さだけでは、通常解除しか認められません。……しかし、私は彼女を庇うためにここへ来たわけではない。記録の矛盾を確認しに来たのです」
「矛盾、ですか?」
「バルトさん。申請書と一緒に提出された、壊れた装備を見せてもらえますか」
ノエルが振り返ると、バルトはすでに工房の片隅に積まれていたガラクタの山――『赤の獅子』のメンバーたちがこの一ヶ月の間に破損させた装備の数々を、作業台の上に並べていた。
ひび割れた剣の柄、弦の固定具が弾け飛んだ弓、留め金が腐食して外れなくなった革鎧。
「おう。こいつらが全部、リナの調合ミスやら手入れの失敗やらでぶっ壊れたって代物だな」
バルトは分厚い革手袋をはめ、破損した部品を一つ一つ手に取って光に透かしてみた。
「どうだ、バルト。そいつの無能さがよく分かるだろ?」
剣士が吐き捨てるように言うと、バルトはフンと鼻を鳴らした。
「ああ、よく分かるぜ。だがな、兄ちゃん。お前ら、こんなもんを見せられて、本当に『ただの失敗』だと思ってたのか?」
「……なんだと?」
バルトの鋭い声色に、剣士たちが怪訝な顔をする。ミラも何事かと作業台をのぞき込んだ。
バルトはひび割れた剣の柄の金属部分と、弓の固定金具、そして革鎧の留め金を並べて置いた。
「俺は鍛冶屋上がりだから分かるがな。この三つの装備は、それぞれ全く違う材質で作られてる。鉄、青銅、そして強化樹脂だ。しかも、使われている部位も頻度も違う」
バルトはルーペを取り出し、破損した断面をじっくりと観察した。
「普通、自然摩耗や単なる手入れ不足なら、材質によって壊れ方も腐食の仕方もバラバラになるはずだ。鉄は錆び、青銅は緑青を吹き、樹脂は乾燥で割れる。だが……」
バルトはルーペをノエルに渡し、ノエルがそれを覗き込む。
ノエルの視線が、冷たく細められた。
「……同じですね」
「ああ。同じだ」
バルトはニヤリと笑い、しかしその眼光は鋭くリナを射抜いた。
「材質が全く違うのに、こいつらの破損した断面や内側には、ぜんぶ『同じ種類の酸性結晶』がこびりついてやがる。まるで、意図的に同じ薬品を流し込んで、内側からボロボロに溶かしたみたいにな」
「えっ……?」
ミラが素っ頓狂な声を上げた。
剣士たちも、何を言われているのか理解できずに顔を見合わせる。
「ど、どういうことだ? リナが間違えた強化薬の成分が、偶然同じように作用したんじゃないのか?」
「共通の薬が作用した疑いはある。だが、過失か故意かは、この結晶だけでは決められねえ」
バルトは壊れた金具を机に放り投げた。
ノエルはルーペを返し、リナに尋ねた。
「この三つを、いつ、どこまで分解して整備しましたか」
少女の視線が、壊れた部品から壁の作業日報へ動いた。




