第14話 助けた四人、傷ついた二人
西の渓谷での現地調査から王都へ戻った翌日。
冒険者ギルド三階にある第三審査室の静寂は、乱暴な足音と大声によって破られた。
「頼もう! 第三審査室の責任者はいるか!」
扉を開け放ってずかずかと踏み込んできたのは、包帯を巻いたり松葉杖をついたりした四人の冒険者たちだった。彼らこそ、西の渓谷の隣谷で土砂崩れに巻き込まれ、レオンの通報によって命を救われた別パーティのメンバーである。
「お、お待ちください! ここは関係者以外立ち入り禁止で……」
ミラが慌てて制止しようとするが、血の気の多い冒険者たちは意に介さない。
「俺たちは関係者だ! 『鉄の咆哮』のレオンが、敵前逃亡の濡れ衣を着せられて追放されそうになってるって聞いたぞ!」
リーダー格の剣士が、ノエルのデスクの前まで進み出て声を荒らげた。
「レオンは俺たちの命の恩人だ! あの時、あいつが素早くギルドに救助を求めてくれなかったら、俺たちは岩の下敷きになって全滅していた! 四人の命を救った英雄を、くだらねえ理由で処分するなんて、絶対に間違ってる!」
「そうだ! あんたら審査官は血も涙もねえのか! ギルドはいつから、仲間を助けた英雄を罰するような腐った組織になったんだ!」
四人の怒りに満ちた抗議が室内に響き渡る。
扉の外では、騒ぎを聞きつけた他の冒険者たちも集まり始めていた。ギルド内に「英雄を処分しようとしている冷酷な審査官がいる」という噂が広まり、世論は完全にレオンの味方へと傾きつつあった。
ミラは不安げにノエルを見つめた。
彼らの言う通り、レオンの行動は尊い人命救助だ。規則上も、救難炎を確認した斥候には救助要請の義務がある。これほどの圧力を前にして、レオンの過失を問うことは可能なのだろうか。
「……皆さんのご無事と生還を、心よりお慶び申し上げます」
ノエルは騒ぎ立てる四人を前にしても、少しも表情を変えることなく立ち上がり、静かに一礼した。
「レオン氏の迅速な通報があなた方の命を救ったこと、その功績については、ギルドとして正当に評価されるべきだと私も考えています」
「だったら、今すぐ追放申請を却下して、レオンの無実を宣言しろ!」
「それはできません」
ノエルの声は、燃え盛る火に冷水をぶっかけるように低く、絶対的な冷たさを帯びていた。
「なぜだ!」
「彼があなた方四人を救った『英雄』であることと、彼が自隊の防衛・連絡義務を怠り、結果として仲間二人に重傷を負わせた『当事者』であることは、まったく別の問題だからです」
ノエルはデスクの上から一枚の大きな地図を引き寄せ、四人の前に広げた。
「第三審査室は、人気や善行で責任基準を曲げることはありません。あなた方がレオン氏を擁護したいというお気持ちは理解しました。ならば、彼の行動の正当性を証明するために、少し証言を伺ってもよろしいですか」
淡々としたノエルのペースに呑まれ、剣士は毒気を抜かれたように「あ、ああ……俺たちが知ってることなら、なんだって話すぞ」と頷いた。
「ありがとうございます。では、確認します」
ノエルは地図上の『隣の谷』を指差した。
「あなた方が土砂崩れに巻き込まれ、赤色救難炎を打ち上げた時刻。これは現場に残された燃え殻の現場分析により、一昨日の『一四時一〇分前後』と推定されています。これに間違いは?」
「あ、ああ。魔獣から逃げてあの窪地に追い込まれて、すぐに崩落が起きたからな。時間はそのくらいで間違いない」
「結構です。では、あなた方が連絡所に走るレオン氏の姿を最初に目撃したのは、いつ、どの地点ですか?」
剣士は少し記憶を探るように目を細め、地図上の尾根を指差した。
「ここだ。俺たちが炎を打ち上げてから、だいたい十分後くらいだったと思う。谷底から上を見上げたら、尾根の上をレオンが物凄い勢いで走り抜けていくのが見えたんだ」
「一四時二〇分頃、尾根の上に彼の姿を見た。間違いありませんね?」
「間違いない。名前を呼んだら、連絡所へ行くと返してくれた。あとで救助隊と戻った顔も確かめた」
他の三人も口々に同意する。
「証言、感謝します」
ノエルは四人の証言をメモ帳に書き留めたミラに目配せをし、再び地図の上に視線を落とした。
「これですべてのピースが揃いました。現場図の時系列を固定します」
ノエルは羽ペンを取り、地図上に三つの点と時刻を書き込んだ。
「まず、一四時一〇分。隣の谷で赤炎が発火。次に、一四時二〇分。あなた方が尾根でレオン氏を目撃した時刻。そしてもう一つ……」
ノエルは、『鉄の咆哮』が交戦していた北斜面にペンを置いた。
「これは、自隊の隊長が『レオン氏の不在に気づいた時刻』です。遠征簿にも一四時二〇分と記載されています」
ミラは三つの時刻を見比べ、ハッと息を呑んだ。
「先輩。隊長さんがレオンさんの不在に気づいた一四時二〇分には、レオンさんはもう、遠く離れた尾根の上にいたってことですか?」
「その通りです」
ノエルは羽ペンの先で、北斜面から隣の谷の尾根までのルートをなぞった。
「現場監査課のバルト氏とも確認しましたが、この北斜面の持ち場から、岩場を抜けて隣の谷の尾根まで到達するには、どんなに優秀な斥候が最速で走ったとしても『最低八分』はかかります」
ノエルは顔を上げ、救助された四人の冒険者たちを見つめた。
「つまり、レオン氏が尾根に到着したのが一四時二〇分であるならば、彼は遅くとも『一四時一二分』には持ち場を離脱し、走り始めていなければならない。隊長が不在に気づく八分も前です。自隊が魔獣の群れと接触し、前衛が交戦に入るよりずっと前に、彼は現場を離れていたことになります」
「だ、だからなんだって言うんだ! あいつは俺たちの炎を見て、すぐに助けを呼ぶために走ってくれただけだろうが!」
剣士が食ってかかるが、ノエルの表情は微動だにしない。
「自隊員の一人が見た一一分頃の離脱と、尾根での二〇分頃の目撃。移動に最低八分という地形とも合います。救難炎を見て走ったという説明は、複数の記録で支えられています」
ノエルは地図の脇に、連絡所の受付簿の写しを置いた。レオンの通報と、その直後の救助隊出動が記されていた。
「それなら、合図する暇がなかったというのも本当なんじゃないのか」
「移動に八分かかること自体は、合図の余裕の証明にはなりません。そこは別に確認しました」
ノエルは斥候用の笛を机に置いた。
「二人の自隊員は、レオン氏が離れる直前まで笛の届く距離にいた。本人も笛を持っていたと認めています。現場で鳴らし、同じ位置の隊員に聞こえることも確かめました。合図は走り出すまでに数秒でできます。隊長の許可を待つ必要はありません」
ミラは、負傷した二人の調書を開いた。
「お二人は、笛があれば側面の退路を使わず、隊長のいる岩陰へ下がったと話しています。その道は、現場監査でも通行可能と確認しました」
「だから、助けに行くなと言っているのではありません」
ノエルは地図上の二本の退路を指した。
「離れたことを知らせる。その手順を省いたために、二人は守られていない道を選んだのです」
四人の冒険者たちは、返す言葉を失った。
英雄の行動の中に潜む、決定的な手抜かり。走った経路は、救助のためだった。けれど自隊には、そこに斥候がいないという情報が届いていなかった。
「あなた方は救われました。しかし、彼のその数秒の怠慢のせいで、残された自隊の二人は、退路が確保されていると信じ込んだまま魔獣の群れに飲み込まれ、大怪我を負ったのです」
ノエルの言葉が、重く冷たく室内に響き渡る。
「助けた命と、傷つけた命。この二つを相殺して『英雄だから無罪』とすることは、ギルドの審査において絶対に許されません」




