第98話 業務報告
「それでは各自報告書を記入してご提出を」
定例集会も、司会役の妖精によるそんな呼びかけをもって、終わりを告げようとしていた。
それぞれが手元の報告書を書き上げ、提出を終えた者から順次、会議室をあとに帰っていく。
ナナセも例に漏れず机に向かい、受付で手渡されていた報告書へと静かに目を落とした。
(……久しぶりだな)
この独特な様式の書類。
かつての自分にとって、この書類を書くことは億劫なことだった。
頼まれていた雑務や魔法の調整作業、こなした仕事の数々。
さらに自分自身の体調や魔力の消費具合なども含めて、割と細かく具体的に記入しなければならなかったのだ。
五部隊にいた頃は、集会が終わった午後からも別の任務へ合流しなければならないことが多く、報告書を書く時間すら惜しいほど追い詰められていた。
集会が始まる直前まで朝の仕事を詰め込まれ、集会中も進行の話すら耳に入らないほど必死にペンを走らせ、書き終えるや否や次の仕事へと戻っていく――。
脳裏に蘇ってくるのは、いつもそんな切羽詰まった焦りの記憶ばかりだった。
ナナセはペンを手に取る。
そして、手元を見つめたまましばらく考え込んだ。
最近の自分は何をしただろう。
セレンたちに同行した最近の任務のこと、拠点での訓練中のこと、今の自身の体調のこと。
それから……。
ふと、ペンを動かす手が止まった。
――書くことが、ない。
正確には、公的な書面として書き込める内容が存在しなかったのだ。
ナナセは疑問に思い、改めて報告書の記入欄を確認してみる。
通常であれば、所属部隊の任務内容については事前に大まかな概要が把握されているはずだった。
五部隊にいた頃は、あらかじめ印刷された大まかな任務内容の欄があり、その項目に対して自分が具体的にどう貢献したかを書く形式になっていたような気がする。
けれど、今回配られた用紙の任務内容欄には、
『特別部隊任務につき非公開、具体的な業務内容の記入は不要』
という、あっさりとした短い注意書きが添えられているだけだった。
ナナセはしばらくの間、その印字された文字を不思議そうに見つめた。
「こんなこと、あるんだ……」
思わず、ぽつりと小さく呟いてしまう。
特別部隊に所属しているというだけで、使役妖精側から提出する業務報告の内容まで簡略化されているらしい。
今の自分がしていることと言えば、セレンたちの任務にそっと付き添い、彼らの隣にいることだけ。
そもそも、その任務の具体的な中身自体を外部に漏らす必要も、細かく書く必要すらないのだから。
ナナセは少し困ったように、握っていたペンを机の上にそっと置いた。
目の前の真っ白な報告書は、自分の現在の簡単な体調チェックの欄を埋めるだけで、あっけなく終わってしまった。
以前の自分であれば、報告書に空欄などなく「急いで書かなければ」と猛烈に焦っていたはずだ。
けれど今日は、本当に書くべき業務が存在しなかった。
それがどこか少し不思議で。
同時に、かつての辛かった自分と、今の自分との間にできた決定的な違いを、静かに実感させてくれた。
ナナセはしばらくの間、目の前にある真っ白な紙を眺めたあと、ほんの少しだけ微笑んだのだった。




