第97話 小さな輪
会議室の奥へと、静かに足を進める。
やはり予想していた通り、周囲はすでに同じ部隊に所属する使役妖精同士で固まり、まとまっていた。
あちこちに楽しそうな小さな輪が幾つもできあがっている。
自身の主人である隊員について得意気に語り合っている妖精もいれば、久々の再会を喜び合い、肩を寄せて笑い合っている妖精もいる。
その賑やかな群衆の渦の中で、完全に一人きりでぽつんと佇んでいるのは、ナナセだけだった。
(……やっぱり、気まずい)
受付で本日提出するための業務報告書を受け取り、集会が本格的に始まるまでの時間をどう過ごすべきか、ナナセは居心地悪そうに周囲を見回した。
ナナセはかつて第五部隊に所属していた経歴を持つとはいえ、アルカの使役妖精としての全体的な所属歴で見れば、どちらかといえばまだ浅い部類に入る。
先ほどセレンと一緒に居た背景も重なってか、周囲の妖精たちから何となく物珍しげな視線がちらほらと向けられているのを感じていた。
そういえば、かつて第五部隊に加入して初めてこの全体集会に参加した時も、同じような「新参者」としての冷ややかな視線を向けられて身を縮めていたことを思い出してしまう。
そんな居心地の悪い視線を受けながら、仲良くまとまっている輪の中へ割り込んでいく勇気など出るはずもなく、ナナセは人の密度が少ない部屋の端へと静かに移動した。
冷たい壁際にそっと寄り添うように立つ。
胸の奥を押し潰すような、強い心細さ。
けれど、せっかくセレンがここまで送ってくれたのだから、今さら逃げ帰るわけにもいかない。
ナナセは伏し目がちになり、手元にある書類の文字をじっと確認するフリをしながら、集会開始までの時間をつぶそうとした。
その時だった。
「……ナナセさん?」
ざわめきを抜けて届いた、どこか聞き覚えのある優しい声。
ナナセが驚いてパッと顔を上げる。
そこに立っていたのは、見慣れた服装に身を包んだ、数人の仕立て妖精たちだった。
「あ……」
「お久しぶりね」
嬉しそうに目を細めて声を掛けられ、ナナセのこわばっていた表情が瞬時に和らいでいく。
「お久しぶりです」
気づけば、自然と柔らかな笑顔が唇に浮かんでいた。
アルカへ来たばかりの右も左も分からなかった頃。そして、かつて五部隊にいた頃。
自分の魔力が著しく衰弱し不足していたため、ナナセは自分自身の力だけでは妖精衣服をうまく形成できない時期があったのだ。
そのたびに嫌な顔ひとつせず優しく手を差し伸べ、力を貸してくれたのが彼女たちだった。
ナナセの傷ついた身体の状態を細かく気遣いながら、ぴったりな衣服を丁寧に仕立て整えてくれた、恩人とも呼べる妖精たち。
「元気そうね」
「はい」
「少し雰囲気が変わった気がするわ」
そう言いながら、仕立て妖精たちは愛おしそうにナナセの全身をじっと見つめる。
以前会った時のような痛々しい陰りは消え去り、表情は格段に柔らかくなっている。
その場に立っている佇まいにすら、どこか力が戻っているようだった。
ナナセは自分の変化を指摘され、少し恥ずかしそうにそっと目を伏せる。
すると、仕立て妖精の一人が、胸を撫で下ろすようにホッとした笑顔を浮かべた。
「元気になられて、本当によかったです」
その温かな言葉に、ナナセは一瞬だけ目をパチパチと瞬かせた。
「……ありがとうございます」
感極まったように、小さく頭を下げる。
以前の自分は、自分が元気になったかどうかなど、深く考えたこともなかった。
ただ指示されるがままに治療を受け、命じられた通りに体を動かし、ただ生きているだけの毎日を消化していただけだったからだ。
けれど今、セレンと過ごす中で生まれた自分のささやかな変化を、こうして昔を知る誰かが見つけて、喜んでくれている。
「最近は、ちゃんと食べてる?」
「はい」
「眠れてる?」
「それも……はい」
セレンと一緒に温かな布団で眠った昨夜のことを思い出し、少しだけ考えてから答える。
「前より、ずっと」
「それならよかった」
仕立て妖精たちが、我がことのように嬉しそうに朗らかに笑う。
ナナセもその温もりに引っ張られるように、つられて微笑んだ。
一人きりでこの場所にいることへの心細さは、まだ完全に消え去ったわけではない。
けれど、こうして昔から自分のことを見守ってくれていた人たちが、温かく声をかけてくれる。
それだけで、肩に入っていた余計な力が、すうっと抜けていくのが分かった。
大勢の妖精たちが交わすざわめきの中で。
ナナセは初めて、ここに一人でやって来たことを、少しだけ後悔しなくなったのだった。




