第96話 ハチドリと妖精
翌朝。
セレンはすでに着替えを済ませ、訓練服姿でリビングのソファに腰掛けていた。
使役妖精たちが集会へと向かう日中の時間帯、人間の隊員側には自主訓練や休日が割り当てられているらしい。
セレンは静かに、ナナセの準備が終わるのを待っていた。
しばらくして――。
「お待たせしました」
身支度を整えたナナセが、洗面所からパタパタと出てくる。
「うん」
セレンはすぐさま立ち上がると、ナナセの全身をじっと見つめた。
そして、どこか不安を拭いきれないように、少しだけ眉を寄せる。
「……ほんとに大丈夫?」
「え?」
「いや、集会」
ナナセは思いがけない言葉に、少し驚いた。
集会に向かうにあたって、自分が不安と緊張を抱いているのは自覚していた。
けれど、まさかセレンまでがこれほど自分のことを心配してくれているとは思わなかったのだ。
「……大丈夫です」
ナナセはセレンを安心させるように、そう言って少しだけ笑ってみせた。
セレンはその笑顔の奥にある緊張を見抜くように、じっと顔を見つめ返す。
「……そっか」
言葉では納得したものの、セレンの表情はどこか腑に落ちていない様子だった。
腕を組み、何かを思案するように少し考えてから――。
「あ」
何かを思いついたように、セレンは訓練服のポケットへと手を差し入れた。
「ちょっと後ろ向いて」
「……?」
ナナセは不思議そうに首を傾げながらも、言われた通り素直にセレンに背を向けた。
すると――。
シャラ、と小さな涼やかな金属音が耳元で鳴った。
続いて、冷たい触感が首元にそっと触れる。
「……?」
ナナセが驚いて、そっと自分の指先で首元に触れてみる。
そこには細く繊細な銀色のチェーンがあり、その先には小さなハチドリを模したシルバーのペンダントが下がっていた。
「……ハチドリですか?」
胸元に垂れたペンダントを手のひらに載せ、まじまじと眺めながら尋ねる。
ギルド紋章とは違う。けれど、どこか意味を持っていそうな、象徴的なデザインをしていた。
セレンはナナセの髪を掻き揚げながら、特に大層なことでもないといった様子で自然に答える。
「うん。俺の」
「……」
「あげる。付けてていいよ」
あまりにもあっさりと告げられた言葉に、ナナセは目を瞬かせた。
「これ……」
「うん」
「いただいて、いいんですか?」
「いいよ。お守りついでに持ってて」
セレンはナナセの首に綺麗に収まったペンダントを見つめ、どこか満足そうに少しだけ笑った。
ナナセは胸元のペンダントを、両手でそっと包み込むように握りしめた。
生まれてから今日まで、誰かから「贈り物」をもらう。
そんな温かな経験自体が、自分の人生で初めてのことだった。
「……ありがとうございます」
戸惑いと大きな喜びが胸に溢れ出し、ナナセは愛おしそうに微笑んだ。
セレンはそんなナナセの表情を見て、ようやく肩の力を抜き、安心したように笑った。
「じゃあ、行こうか」
そう言って、セレンはナナセの小さな手を優しく包み込むように取る。
「はい」
ナナセも力強く頷いた。
手を引かれて歩き出しながら、ナナセはもう一度胸元へ視線を落とす。
セレンから受け取った小さな銀色のハチドリが、歩みに合わせて胸の上で嬉しそうに小さく揺れていたのだった。




