第95話 会場までの足音
セレンは手元の通知書をじっと眺めながら、自分たちの普段出ている集会の情景を思い浮かべ、ふと顔を上げた。
「待って。……これ、一人で行くってこと?」
セレンが不思議そうにナナセを見る。
ナナセも少し考えて、確かに、というような表情を浮かべた。
自分は現在、特別部隊に所属している。
けれど、その部隊には自分以外の使役妖精は存在しない。
「……そうなりますね」
少しだけ困ったように、ナナセは小さく笑った。
「この部隊の妖精は、私だけですから」
セレンは黙り込んだ。
他の一般的な部隊であれば、基本的には複数の使役妖精が所属している。
集会に向かう際も、同じ部隊の妖精たちで自然と集まり、まとまって会場へ向かうのが普通だろう。
主人の隊員たちが集会に付き添うわけではないのだ。
つまり、ナナセだけが、誰の隣にも並ばず一人きりで参加することになるのだった。
「……」
セレンの綺麗な眉が、不快そうに少し寄る。
「絶対、出なきゃダメ?」
「え?」
ナナセが思いがけない言葉に、不思議そうに顔を上げた。
「欠席する理由もないですし……」
「……そうだよね」
セレンは納得したように短く答えたものの、その視線は通知書へ落ちたまま、固く動かなかった。
ナナセも手元の書類へと視線を落とす。
一人で参加することになるのは、通知書を受け取った最初から分かっていたことだった。
会場へ行き、書類を提出して、連絡事項を聞いて、それで終わる。
ただそれだけのことだ――と、自分に言い聞かせる。
けれど。
他の妖精たちは、同じ部隊の顔馴染みの仲間たちと賑やかに集まっているのだろう。
その空間の中で、自分だけがぽつんと一人。
妖精だけでもかなりの人数が集まる場所なら、否応なしに周囲の目を引いてしまう。
自分がどこの部隊の所属なのか、誰の使役妖精なのか。
そういう好奇の視線も、当然のように向けられるはずだった。
「……」
ナナセは不安を押し殺すように、通知書の端を指先でそっとなぞった。
胸の奥が、ほんの少しだけ冷たく寒気立つ。
リビングに、しばらくの間静かな沈黙が流れた。
やがて、セレンが思い直したように静かに口を開いた。
「……とりあえず」
ナナセがゆっくりと顔を上げる。
「明日は送っていく」
「……」
ナナセの瞳が、驚きで少しだけ大きくなった。
「その集会場所まで」
「でも……」
「終わるまで待つのは、たぶん無理だけど」
セレンは少し困ったように苦笑する。
「場所くらい分かってた方が安心でしょ」
「……はい」
小さな、けれど確かな返事。
さっきまで胸の奥を重く占めていた暗い不安が、じわりと解けて薄くなっていく。
一人で集会に入らなければならないという事実は変わらない。
扉を潜って集会が始まれば、自分一人で立ち向かわなければならない。
けれど――会場の入口まで、一緒に歩いて行ってくれる人がいる。
それだけで、心強さがずいぶんと違っていた。
「ありがとうございます」
ナナセが柔らかく、小さく笑う。
セレンはそんなナナセの表情を見て、どこかホッとしたように笑った。
「うん」
そして、手元の通知書の日時を指差す。
「明日の午前ね」
「はい」
ナナセはもう一度、書類へ目を落とした。
今度は先ほどよりも、ずっと落ち着いた穏やかな気持ちで、その文字を見つめるのだった。




