第93話 無防備
翌朝。
ナナセは、全身を包み込むような心地よい温もりのなかで、ゆっくりと目を覚ました。
まぶた越しに差し込む朝の柔らかな光に、ぼんやりと目を開ける。
視界いっぱいに広がったのは、すぐ目と鼻の先にあるセレンの胸元だった。
背中と腰に回された確かな腕が、自分をぴったりと抱き寄せている。
「……」
寝ぼけた頭で状況を整理しようとして――ハッと息をのんだ。
そうだ。昨日、自分から一緒に寝たいとセレンに言ったのだ。
その記憶が鮮明に蘇った瞬間、ナナセの頬が一気にじわりと熱くなっていく。
心臓がトクトクと跳ね始め、あまりの恥ずかしさに少しだけ身じろぎをした。
すると、その微かな動きを感じ取ったのだろうか。
頭上から聞こえるセレンの呼吸がわずかに変わり、うっすらと灰色の瞳が開かれた。
「……ん」
「あ……起こしました……?」
ナナセは息を潜めながら、そっと見上げる。
セレンはまだ完全に意識が戻っておらず、半分眠ったままのようだった。
尋ねた問いかけに対しても返事はなく、代わりに抱きかかえていた腕がゆっくりと動く。
セレンの大きくて温かな手が持ち上がり、ナナセの頬へと優しく触れた。
「……」
長い指先が、肌の滑らかさを確かめるようにそっと頬を撫でる。
ナナセはあまりの不意打ちに、全身の動きを一瞬で固まらせた。
「セレン、さん……?」
普段の冷徹なまでの鋭さはどこにもなく、寝起きのセレンはいつもよりずっと無防備だった。
開かれた灰色の瞳もどこか眠たげで、まだ焦点が合っていない。
そんな恍惚とした状態のまま、セレンはナナセの頬を撫で続けている。
ナナセはどう反応すればいいのか全く分からなくなり、呼吸することすら忘れたように身動きひとつ取れなくなった。
やがて、セレンが満足そうに小さく目を細める。
そして――。
「……かわい」
掠れた、寝ぼけた低い声。
「……!」
言葉の意味を理解した瞬間、ナナセの顔が一気に火がついたように熱くなった。
頬どころか耳の先まで真っ赤に染まり、目を見開いたままセレンを見つめ返してしまう。
けれど言葉を発した本人は、言いたいことだけを言うと満足したように、そのまま再び静かに目を閉じてしまった。
「…………え」
突然の出来事に、ナナセだけが取り残される。
セレンの規則正しい寝息を聞きながら、ナナセはそっと自分の指先で頬に触れてみた。
熱い。火傷してしまいそうなほど、ものすごく熱くなっている。
「……」
どうして、朝のセレンはこんなにも無防備で、容赦がないのだろう。
ナナセは赤くなった顔を少しでも隠そうと、もう一度身じろぎをして離れようとした。
けれど、腰にしっかりと回されたセレンの腕が、びくともせず離してくれない。
「……」
結局、逃げ出すことすらできないのだ。
ナナセは完全に観念したように小さく息を吐くと、セレンの胸元へぽすんと顔を伏せた。
真っ赤に染まった耳まで隠すように、セレンの服の中に顔を埋める。
「……ずるいです」
胸の中で呟いたその小さな抗議は、再び深い眠りへと落っこちたセレンには、もちろん届いていなかった。




