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星を抱くひと  作者: 飴目
第4章

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第91話 向こう側の世界

ナナセが目を覚ました時。

外套の外は、妙に静かだった。


音がないわけではない。

むしろ、遠くから大勢の人の声が聞こえている。

報告を読み上げる声。誰かが確認を返す声。

複数の人間が集まっている気配。


けれど――それらがすべて、薄い膜を一枚隔てた向こう側にあるように感じられた。


「……?」


ナナセは小さく身じろぎする。

感覚を研ぎ澄まし、魔力を探る。


これは、結界。

しかも、覚えのある魔力だった。


(……ナギさんの?)


以前にも感じたことがある、魔法や視線、気配を遮るための細やかな結界。


ナナセは少しだけ首を傾げた。

ここはどこなのだろう。

セレンたちは何をしているのだろう。


そして、いつものように、周囲を確認しようとほんの少しだけ遠視魔法を使おうとした。

その瞬間だった。


「……!」


魔力の向こう側に、知っている気配を感じた。


身体が一瞬で固まる。


カネルがいる。

間違いなく、そこにいる。


胸の奥が、冷たい氷を押し当てられたように一瞬だけ冷たくなる。


けれど――。

以前のような、身体が勝手に強張って動かなくなるほどの激しい恐怖は、不思議と襲ってこなかった。


カネルの気配を感じるだけで、身体の震えさえ止められなかったはずなのに。


――怖くない?


ナナセはすぐに気づいた。

自分の心の中で占める、セレンという存在のあまりの大きさ。


ナナセはそっと身体を小さく縮めた。

外套越しに伝わってくる、セレンの確かな体温。

すぐ近くで聞こえる、静かな呼吸の音。


セレンの胸の中に抱かれているというその事実を、改めて全身で感じる。


もし以前の自分なら。

カネルの気配を感じただけで、何か動かなければと思ったかもしれない。

必死で遠視魔法を使って周囲を確認し、恐怖に怯えながら、無意識のうちに逃げ道を探していた。


けれど――今は違う。


セレンがいる。


それに、この温かい結界。

きっとナギが、自分がカネルを見つけて怯えないように気をかけて張ってくれたのだと気づく。


自分が無理をして何かをしなくても、守ろうとしてくれている人たちがいる。

この結界は、自分を守るための優しさだった。


そのことが、じわりと温かく胸に染みていく。


ナナセはそっと目を閉じた。


カネルの気配は、結界の遠く向こう側。

今の自分には、決して届かない場所。


代わりに、すぐ目と鼻の先には、セレンの確かな体温と守られてある居場所がある。


ナナセは無意識に、外套の内側でセレンの服を小さく指先で握りしめた。


(……怖くない)


今はこの人の胸の中にいる。

それだけで、自分には十分だったのだから。


◇


ナギが、セレンのすぐ隣まで少しだけ身を寄せた。

周囲には聞こえないほどの小声で耳打ちする。


「……ごめん。気づかれた」

「……え?」


セレンが僅かに目を見開く。


「結界、抜かれた?」

「うん。思ったより簡単に」

ナギは困ったように眉を下げた。

自分でも、少し意外だったのだ。


ナギは魔法使いとしてかなり優秀で、特に結界や感知系の魔法は得意な部類に入る。

その結界を、ナナセはほとんど抵抗なく越えてしまっていた。


「妖精って、やっぱ魔力の感覚が違うな……」

ナギが小さく呟く。


セレンは返事をせず、外套へ視線を落とした。

その中には、ナナセがいる。

さっきまでは、カネルの気配に気づいたらどうなるかと少なからず警戒していた。


「……」


外套の内側から、特に動揺した気配はない。

恐怖で身体が強張っている様子もなかった。


むしろ、いつも通り。

静かに収まっている。

セレンはそっと外套の上から、ナナセのいるあたりを撫でた。

手のひらに、小さな反応が返ってくる。


「……落ち着いてるね」

「うん」

ナギも少し意外そうに外套を見る。

「カネルがいるの、分かってるはずなんだけどな」

「……」

セレンはしばらく黙っていた。


そして、ふと気づく。

外套の内側で、小さな手が自分の服の生地をキュッと握っていることに。


恐怖から逃げるためではない。

ここが一番安全な場所だと、身体が覚えているのだ。


「……そっか」

セレンが小さく息を吐く。

少しだけ、肩の力が抜けた。


「何?」

ナギが尋ねる。


「いや」

セレンは外套を軽く整えた。


「……なんでもない」


けれど、その声には確かな安堵が混ざっていた。

自分のそばにいれば大丈夫。

そんなふうに、ナナセが思ってくれている。


その事実が――。

思っていた以上に、心から嬉しかったのだった。

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