第88話 静かな呼吸
外套の中で、ナナセは目を閉じてセレンの動きを感じていた。
歩くときの揺れや、身体の向きが変わる感覚。
そして――戦闘に入った瞬間の空気の変化。
セレンの近接戦で使われるのは、主にナイフだった。
腰から抜いた刃をそのまま手に馴染ませるように扱い、相手との距離が近づけば近づくほど、動きが静かになる。
そして時々、遠くにいる相手や、ナイフでは届かない位置を狙うときには銃を抜く。
けれど、見ている限りでは、セレン自身は銃よりナイフの方を好んでいるようだった。
ナイフを手にしたときのほうが、身体の動きが自然だった。
まるで武器を持っていることすら忘れてしまうほど、身体の一部のように扱っている。
ナナセは外套の中から、その緻密で無駄のない動きを感じ取っていた。
足の運びから身体の重心まで、すべてが一つにつながっている。
本当に、隙がない。
しかも、胸の中に自分がいるというのに、セレンは自分ごと気配を消していた。
自分がここに存在することすら、周囲には悟らせない。
ナナセは少し驚いていた。
自分がいることで、セレンの動きが変わると思っていたのだ。
少なくとも、多少は動きづらくなるのではないか、と。
最初に外套に入れらた時こそ意識されていたものの、今はまるで、最初からこの状態で戦うことを知っていたかのように自然に動く。
その姿を感じながら、ナナセは以前キサから聞いた言葉を思い出した。
フィリスたちは、一つの組織だった。
アルカに所属する普通の部隊ではない。
五人で一つの組織として動いてきた。
五人という数は、アルカのギルドの大きさから考えれば、驚くほど少ない人数だった。
それでも、それぞれが自分の役割を完全に理解している。
誰かが大きく指示を出さなくても、互いの動きを読んでいる。
それはきっと、長い時間をかけて、あの五人で磨き上げてきたものなのだろう。
少数だからこそ、一人ひとりが自分の判断で動けなければならない。
誰かに守ってもらうのではなく、互いに背中を預ける。
「……」
ナナセは外套の中で、ほんの少し身体を動かした。
セレンの呼吸の音が近い。
激しい戦闘の中でも、どこか静けさと落ち着きを放っている。
この人は、本当に強い。
そして、そんな人が今、自分を外套の中に入れている。
ナナセはそのことを、改めて不思議に思った。
自分が何か戦力を発揮しているわけではない。
それでもセレンは、自分を連れている。
それが少しだけ、嬉しかったのだった。




