第75話 秘めた決意
それから、数日の時が過ぎた。
連日のように任務と訓練所への往復を繰り返す日々。
セレンたち特別部隊は少し忙しい時期に入っているらしく、ナナセもその隣に常に付き添いながら、目まぐるしく過ぎ去っていく一日一日を過ごしていた。
そんなある日の朝――。
「今日は留守番してて」
「……分かりました」
セレンにそう言い残され、一人部屋に取り残された。
ナナセにとって、久しぶりの自由時間だった。
去っていくセレンの背中に寂しさを覚えつつも、ナナセはしばらく考えた末、一人で医療室へ向かうことにした。
向かう先はキサのもと。連日の任務で、キサに会うのも久しぶりだ。
そして、こうして拠点の中心部を自分一人で歩くのも、考えてみれば随分と久しぶりのことだった。
廊下を歩いていると、周りには何人もの隊員たちが連れ立って行き交っている。
二人、三人。あるいは、それ以上のグループ。
そんな中を、セレンの姿もなく一人でぽつんと歩く妖精のナナセは、少しだけ人目を引いた。
周囲からの視線を感じるたび、ナナセは無意識に身を縮め、足早に歩みを進める。
自分の居場所がどこにあるのか。
セレンのそばにいることで以前よりは分かるようになった今でも、こうして一人で開けた場所を歩くと、どうしても少しだけ心が落ち着かなかった。
やがて、目的地の医療室の前へと辿り着いて、静かに扉を開けた。
「おや」
書類をめくっていたキサが、顔を上げて柔らかく微笑んだ。
「珍しいね、ナナセ。いらっしゃい」
「……こんにちは、キサさん」
ナナセも小さくペコリと頭を下げた。
「久しぶりだね。どこか具合でも悪い?」
「いえ……」
ナナセはほんの少し間を置いてから、意を決して口を開いた。
「……魔法のことで、ご相談が……」
「魔法?」
キサがペンを置き、姿勢を正す。
ナナセは静かに頷いた。
かつてカネルから引き離され、この医療室で治療を受けていた頃。
ナナセはある程度以上の魔法を使うことを、キサからやめるように言われていた。
正確には、禁止されていたわけではない。自分の魔力が足りず、使えなかった。
強い魔法を使えば、その反動で身体に過大な負担がかかり、体調を大きく崩してしまう。
だから当時のナナセが使える魔法には、明確な限界が存在していた。
「私の魔力って……まだ、戻っていませんか……?」
ナナセの問いに、キサの表情がわずかに変わった。
想像していたよりも、ずっと真剣で切実な問いだったからだろう。
キサはしばらく考え込むように顎に手を当て、それから静かに尋ねた。
「……それを知りたい理由は?」
「……」
ナナセはそっと俯いた。
少しだけ胸の奥が揺れる。
けれど、誤魔化すことはしなかった。
「セレンさんは……」
その名前を口にしただけで、ナナセの声が少しだけ柔らかくなる。
「……本当に、私に何もさせてくれないんです」
キサは静かに耳を傾けている。
「実戦の時も、何も指示を出してくれません」
「うん」
「索敵も、自分で分かるからって……」
ナナセは胸の前で、自分の両手を小さく握りしめた。
「私がいなくても……セレンさんは、何の問題もなく戦えてしまって……」
その言葉を口にしながら、ナナセは自分でも胸の奥に小さな切なさを感じていた。
自分は必要とされていない――そう卑屈になりたいわけではない。
セレンがどれほど優しく、自分という存在を大切に扱ってくれているか。
それは、痛いほど理解している。
だからこそ、自分自身の不甲斐なさに、胸が痛むのだ。
「……それでも」
ナナセはまっすぐ顔を上げた。
「私……セレンさんの力になりたいんです」
キサはしばらくの間、まっすぐ自分を見つめてくるナナセの瞳をじっと見つめていた。
その温かな目には、驚きと、嬉しそうな色が滲んでいた。
「そっか」
キサは静かに笑みを深めた。
「ナナセは、セレンの役に立ちたいんだね」
「……はい」
小さな、けれど確かな返事。
「だから、自分の魔法がどこまで戻っているのか知りたい?」
「……はい」
キサは椅子から優しく立ち上がった。
「よし、じゃあ調べてみよっか」
「……! お願いします」
ナナセの瞳が、少しだけ明るくなった。
キサはその健気な表情を見て、ふっと優しく目を細めた。
「ただし」
「はい」
「無理はしないこと」
「……はい。分かりました」
「セレンが何もさせない理由も、たぶんそこにあるからね」
ナナセは小さく息を呑み、そっと目を伏せた。
キサのその優しい言葉が、胸の奥底にじんわりと静かに染み込んでいった。




