第73話 解けた体温
ナナセがふっと目を覚ました。
一定の穏やかな呼吸音。
外套の外は、すっかり静まり返っていた。
ポケットからそっと顔を覗かせる。
「……あ」
いつの間にか、アルカの拠点へと戻っていたらしい。
見慣れた、いつものセレンの部屋。
ナナセは少しだけ驚きながら、静かに上を見上げた。
部屋のソファにはセレンが座っていた。
背もたれに身体を預けたまま、静かに目を閉じている。
帰ってきてそのまま眠ってしまったようだった。
「……」
ナナセは音を立てないよう、そっとポケットから外へ出た。
空中でふわりと身体を浮かせるのと同時に、いつもの人間の姿の大きさへと戻る。
そして、ソファのすぐ隣を見る。
そこには、いつも自分が座っている定位置。
その横に畳んで置かれていた薄手の毛布を静かに手に取った。
ナナセは両手で大切そうに毛布を抱え、静かな足取りでセレンの元へと運ぶ。
起こさないよう、そっとその肩へ毛布を掛けようとした時だった。
「……ん」
セレンの長い睫毛が揺れ、瞼がゆっくりと開いた。
至近距離で、ぴたりと目が合う。
「……っ」
ナナセが驚きでその場に固まる。
次の瞬間――ぐいっ、と強く腕を引かれた。
「わっ……!」
バランスを崩した身体を、セレンがそのまま受け止めるように抱き寄せる。
「セ、セレンさん……?」
ナナセの問いかけに、返事はない。
セレンはまだ半ば眠りに落ちた瞳のまま、ナナセの細い身体を腕の中に収め、そのままソファの上へ倒れ込むように身体を横たえた。
そして、ナナセが抱えていた毛布をぐっと引き寄せる。
巻き込まれるように、ナナセも一緒にぬくもり溢れる毛布の中へと収まってしまった。
「……え、あの……」
突然のことにナナセが呆然としている間にも、セレンの大きな腕が自然な動作で背中へと回される。
「……寝よ」
セレンはそれだけ低く掠れた声で呟くと、再び瞼を閉じた。
完全に寝ぼけている。
「……」
ナナセはどうしていいのか分からず、胸元で固まったままセレンの綺麗な寝顔を見つめていた。
けれど――。
すぐ目の前から伝わってくるセレンの体温が、あまりにも温かかった。
長い任務の緊張も、外套の中で揺られていた心地よい名残も、まだ残っている。
トントンと耳に届く、セレンの規則正しい鼓動と温かな呼吸。
「……」
ナナセはそっと吐息を漏らし、セレンの腕の中で身体の力を抜いた。
「……おやすみなさい」
胸元で、誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。
もちろん、言葉の返事はない。
ただ、深く眠りに落ちたセレンの腕が、ナナセの身体をほんの少し強く抱き寄せた。
ナナセはその腕の温もりの中で、ゆっくり瞼を閉じていく。
窓から差し込む柔らかな光の中。
二人はそのまま、静かな昼下がりの微睡みへと落ちていった。




