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星を抱くひと  作者: 飴目
第3章

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第72話 穏やかな歩幅

その後は無事に周辺の警戒を終え、一行はアルカへの帰路についていた。

長かった夜も明け、空には柔らかな朝の光が広がり始めている。


「あー……疲れたーっ……」

ナギが両手を頭の上に伸ばし、大きな欠伸と一緒に背伸びをする。


「まあ、朝早かったしな」

ソラトも目元を擦りながら、欠伸を噛み殺して答えた。


「ほとんど眠れてないもんね」

隣を歩くヒヨリもくすくす笑う。

隊長のフィリスはそんな三人を頼もしそうに横目で見つつも、帰り道も怠りなく周囲の警戒を続けていた。


セレンはといえば、いつものように無口な調子のままだ。

必要なときだけ短く会話に混ざり、あとは静かに足を進めている。


「そういや、帰ったら何する?」

「寝る」

「即答じゃん」

「眠いから」


そんなやり取りに、ナギが楽しそうに吹き出す。


その頃――。


セレンの着ている外套の中で、ナナセは小さな身体を丸めていた。


セレンが歩くたびに、心地よい一定の振動が身体へと伝わってくる。

規則正しい、ゆったりとした揺れ。

それが、今のナナセには何となくたまらなく心地よかった。


ナナセは最初こそ周囲の敵意や気配を警戒していたものの、無事に任務が終わったという安心感も手伝って、だんだんと瞼が重くなっていった。


「……」


小さく、欠伸を一つ。

背中の透ける羽を身体にぴったり寄せ、ポケットの底でさらに小さく丸くなる。


セレンの歩く規則正しい振動。

外套越しにほんのりと伝わってくる温かな体温。

周囲から聞こえる、ナギたちの賑やかで楽しげな話し声。


そのすべてが、心地よい遠くの音へと変わっていく。


「……眠い……」


誰の耳にも届かないほど小さな呟き。

ナナセは静かに瞼を閉じた。


その直後、セレンの踏み出す歩みが、ほんの少しだけ緩やかになった。


ポケットの中の気配の変化に気づいたのかもしれない。

セレンは何も言わず、ただ、外套が揺れすぎないようにほんの少しだけ歩幅を落とし、静かに足を運んだ。


ナナセはセレンのそんな優しさにも気づかないまま、深い安らぎの眠りへと落ちていった。


◇


「それ、かなり気に入ってるじゃん」

不意に、隣を歩いていたソラトが可笑しそうに笑った。


「……何が?」

セレンが横目でソラトを見る。


ソラトはセレンの胸元へ視線を落とした。

「そこ」

「……」

「ナナセのこと」

「……別に」

セレンは素っ気なく目を逸らして返す。


けれど、ナギも反対側からニヤニヤしながら覗き込んできた。

「肩に乗ってる時より嬉しそうだけど?」

「そう?」

「うん。なんか歩き方までちょっと優しい」

「……気のせい」

「絶対気のせいじゃないって」


ナギが面白がって声を弾ませる。

セレンはそれ以上反論するのも面倒になったのか、返事をすることなく前を向いた。


外套の右側。

その内側のポケットに、ナナセがいる。

小さな身体はすっかり安心しきって眠っているらしく、さっきから呼吸の微かな動き以外はほとんど動かない。

歩くたびに伝わってくる重みも、ほんの僅かなものだ。


それでも。

確かにそこに自分の大切な存在がいるのだと、はっきりと分かる。

セレンは歩きながら無意識に、外套の位置を優しく整えた。

中のナナセが揺れて目を覚まさないように。


「……」

肩に乗せている時とは、どこか違う。

視界に入らなくても、すぐ近くにいることを肌で感じられる。

自分の体温が届く距離。

もし何か異常があれば、すぐに自分が守れる場所。


それが、セレンにとっては妙に心を落ち着かせてくれた。


そして何より――。

ポケットの中から微かに伝わってくるその小さな体温が、思っていた以上に温かく、愛おしかった。


セレンはほんの少しだけ目を伏せ、小さく吐息を漏らす。

「……まあ」

「ん?」

「……悪くはない」

「ほら!」

ナギが待ってましたと言わばかりに嬉しそうに笑った。

「ついに認めた」

「うるさい」

「素直じゃん」

「黙れ」


ソラトまで一緒になってクスクスと笑い始める。

セレンは面倒そうに二人をあしらいながら、そのまま静かに歩き続けた。


外套の内側では、ナナセが静かに、そして幸せそうに眠り続けている。


その小さな存在を右胸に感じながら。

セレンの歩幅は、アルカへと続く帰路の間ずっと、穏やかで優しいままだった。

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