第7話 妖精を知る人
巡回任務を終えた一行が、アルカの拠点へ帰還した。
セレンはナナセを自室まで送るため、フィリスたちとはロビーで一度別れた。
拠点の石畳の渡り廊下。
移動用に小さくなっていたナナセは元の姿へと戻り、セレンの少し後ろを静かに歩いていた。
医療室の前を通りかかったとき、聞き覚えのある男性の声がセレンを呼び止める。
「セレン」
振り返ると、医療室から出てきたばかりのキサが立っていた。
「久しぶり」
「そうでもないでしょ」
「俺からしたら久しぶりなんだよ」
「大げさ」
セレンは淡々と返しつつも、ほんの少しだけ表情を緩めた。キサも楽しそうに笑う。
二人のやり取りは短い。
最近の任務のこと、医療室の備品のこと。どれも他愛のない会話だった。
けれど、互いに余計な気を遣う様子がない。長い付き合いなのだと、空気感だけで分かった。
「……ん?」
キサの視線が、ふとセレンの後ろへ向く。
そこにはナナセがいた。気配を殺すように、少し離れたところで佇んでいる。
キサの目がナナセを捉えた瞬間、驚きにわずかに丸くなった。
「……あれ」
ナナセもまた、キサを見つめ返した。
「復帰したんだね」
その言葉が落ちた瞬間、ナナセの息がピタリと止まり、灰色の瞳が小さく揺れた。
「……はい」
「知り合い?」
セレンが不思議そうに振り返る。
「まあね」
キサはそう答えながら、ナナセへ視線を戻した。その表情はどこまでも穏やかで、温かい。
「大丈夫そうだね」
柔らかく笑いかけられ、ナナセは一瞬だけ戸惑うように目を瞬かせた。
それから、深く慎重に頭を下げる。
「……ありがとうございます」
キサはその様子を静かに見つめ、少しだけ目を細めた。
「そっか」
それ以上、過去を穿り返すようなことは言わなかった。
セレンがキサを見る。
「前から知ってたの?」
「まあね」
「俺、聞いてないけど」
「セレンのところにいるって今知ったし」
「……そうだけど」
セレンはそれ以上追及しなかった。
けれど、ちらりとナナセに視線を遣う。
ナナセはすでにキサから視線を外していた。何かを語りたそうな様子もない。
ただ、いつものように感情を覆い隠して静かに立っている。
「じゃあ、また」
キサがセレンにひらひらと手を振る。
「うん」
セレンも短く返し、二人はそのまま別れた。
静かな廊下を再び歩き出す。
少し進んでから、セレンは何気ない風を装って口を開いた。
「キサと知り合いだったんだ」
「……はい」
「いつから?」
ナナセは少し考えてから答えた。
「前の部隊にいた頃です」
「そっか」
それだけだった。
会話は途切れ、再び静寂が二人を包む。
ナナセは隣を歩くセレンの横顔を見上げた。
聞かれたから答えた。けれど、それ以上の追及や理由は何も求められなかった。
セレンは、必要以上には踏み込んでこない。
ナナセは胸の奥にどこか心地よい不思議さを抱えながら、再び前を向いた。
その背後。
医療室の扉の前では、キサが去っていく二人の後ろ姿を静かに見送っていた。
そして、誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。
「……今度は、特別部隊か」




