第69話 観察者の眼差し
ナギは少し離れたソファに深く身を預けながら、さっきのナナセとセレンのやり取りをぼんやりと眺めていた。
ナナセの使う魔法は、いつだって驚くほど静かだ。
派手な光もなければ、大きな音もない。
魔力の揺らぎや気配すら、注意していなければほとんど感知できないレベルだ。
けれど――意識を集中させていれば分かった。
部屋の中に薄く静かに広がる、あの繊細な遠視魔法。
ナナセが自分たちの所へ来たばかりの頃から、時々こうして使っていた。
最初は、五部隊とやらにいた頃の過酷な環境で染みついた習性なのだろうと思っていた。
常に周囲を警戒し、誰かが近づいていないか、危害を加えられないかを確認するため。
あるいは、常に何かに意識を張り巡らせておかないと心が落ち着かないのかもしれない。
ナギ自身も、今まで何度かその微細な魔法の気配に視られる感覚を感じ取っていた。
セレンに配属されてから、彼らの自室にいる時も、訓練所にいる時も、任務の最中ですら。
ナナセは時折、誰にも知られないようにひっそりと遠視魔法を巡らせていたのだ。
けれど、その魔法を使うたびに、ナナセはハッと一瞬だけ周囲を見回し、誰にも気づかれていないことを安堵するように確認していた。
だからナギは、内心ちょっとだけ面白がっていた。
――これ、いつセレンにバレるかな、と。
セレンは特別部隊の中でも魔力感知が鋭い。
けれど、ナナセの魔法の技術も相当なものだ。ナギ自身だって、意識を割いていなければ見落とす程度の微小な痕跡。
しかし、この密かな観察の終わりは、意外なほどあっけなく訪れた。
「ナナセ、使わないよ」
ナギは思わずパチパチと目を丸くした。
あっさりバレた。
しかも、ナギが予想していたよりずっと早いタイミングで。
「お見通しじゃん」
思わず言葉が口をついて出た。
「今のはバレないと思ったのに」
「知ってたなら止めろ」
セレンがジト目でこちらを睨んでくる。
それから、セレンがナナセの背中にある透ける羽を、指先で撫でるのを見た。
どうやらセレンは、魔法そのものの痕跡を追ったというより、魔法を発動させた時の『身体の微かな変化』を観察していたらしい。
当事者のナナセ本人も、目を見開いて呆然としている。
魔力そのものを探るんじゃない。魔法を使った瞬間の小さな身体の物理的な反応を見る。
なるほど、セレンらしい観察眼だとナギは内心感心していた。
そして――ナナセが無断で魔法を使ったことを責めるでもなく、「見たいなら言えばいい」と穏やかに告げているセレンの姿のほうが、ナギには何倍も印象的だった。
以前のセレンなら、ナナセの魔法に気づきもしなかったかもしれないし、気づいたとしてもこんなに優しく諭すことはなかっただろう。
ナギは何となく、二人の姿をあたたかな目で見つめる。
ナナセはセレンの膝の上。
セレンはそんなナナセの羽を、今も時折愛おしそうに指先で優しく撫でている。
なんだかんだで。
あいつらも、随分と距離が近くなったな。
そんなことを思いながら、ナギは誰にも気づかれないよう、小さく笑みをこぼしたのだった。




