第68話 静かな変化
道中の護衛任務を無事に終え、目的地であった別のギルドへと到着した。
ギルド隊長であるアスレイたちは相手ギルドの幹部と親し気に挨拶を交わすと、そのまま奥の会議室へ。フィリスたち特別部隊は、景色の良い応接客間へと案内されていた。
広い部屋には大きなソファと幾つかのテーブルが置かれている。
長旅の緊張がようやく解けたのか、ナギがソファへ勢いよく倒れ込むように腰を下ろした。
「会議のためにわざわざ護衛なんて、めんどくせー……」
「おいナギ、他所に聞こえるぞ」
フィリスが苦笑しながら注意する。
「だってさぁ」
「まあ、気持ちは分かるけどな」
ソラトも向かいのソファへ腰を下ろした。
その横ではヒヨリがくすくす小さく笑っている。
セレンはそんな仲間たちのやり取りを聞きながら、着ている黒い外套の内側へ視線を落とした。
「ナナセ」
「はい?」
「もう出て大丈夫」
セレンが外套の右側を少し開く。
ナナセは小さく頷くと、ふわりと宙へ舞い出た。
長時間ポケットの中にいたせいか、小さな身体をきゅーっと伸ばして背伸びをする。
そして、セレンがソファへ腰掛けると、その組んだ膝の上へちょこんと舞い降りて座り込んだ。
「……」
ナギがそれを見て、ニヤニヤしながら目を細める。
「なんかそこ、すっかり定位置になってない?」
「そうか?」
セレンは特に気にした様子もなく、腰からナイフや銃のホルスターを外してテーブルへ置く。
その膝の上で、ナナセは小さな身体のまま静かに座っていた。
知らないギルドの客間という慣れない空間だったが、セレンのすぐそばにいると不思議と心が落ち着いた。
「ナナセ、疲れた?」
セレンが上から覗き込むように尋ねる。
「大丈夫です」
「そっか」
セレンはそれ以上追及せず、ソファの背もたれへゆったりと身体を預けた。
ナナセも膝の上で姿勢を少しだけ整える。
その微笑ましい様子を見ていたフィリスが、ふっと目を細めて笑った。
「すっかり馴染んだな」
「……?」
ナナセが顔を上げる。
「何がですか……?」
「いや、こっちの話」
フィリスはそれ以上言わず、ソファへ深く座り直した。
ナナセは少し不思議そうに首を傾げたあと、再びセレンの膝の上で大人しく座っていた。
セレンたちにとって、ここは何度か訪れたことがある場所なのだろう。
ソファに腰掛けたまま、皆それぞれ好きなように寛いでいる。
けれど――周囲の気配にナナセは何となく落ち着かず、セレンの膝の上に座ったまま、ほんの少しだけ自身の魔力を展開させた。
遠視魔法。
周囲の状況を見回し、危険がないか確認するための、ごく小さな魔法。
目立たないよう、粉のような微細な光の粒子をシンと静かに部屋の周囲へ広げていく。
今までもセレンたちに隠れてひっそりと使っていたことがあったが、指摘されたことは一度もなかった。
だから今回も、きっと大丈夫だと思っていたのだ。
魔力を極限まで最小限に抑え、客間の外へと意識を伸ばす。
廊下。
その先にある各部屋。
人の気配と動き。
建物のさらに先――。
ナナセが静かに遠視の視界を巡らせていた、その時。
「ナナセ」
突然、頭上から低く柔らかな声が落ちてきた。
「使わないよ」
「……え」
ナナセはびくっと身体を跳ねさせた。
慌てて魔法を中断する。
恐る恐るゆっくりと顔を上げると、いつの間にかセレンが自分を上からじっと見下ろしていた。
完全に、見抜かれている。
「……すみません」
ナナセが縮こまって小さく謝る。
すると、隣でやり取りを聞いていたナギが可笑しそうに吹き出した。
「うわ、お見通しじゃん。今のはバレないと思ったのに」
「気づいてたなら止めろ」
セレンが呆れたようにナギを見る。
「いや、俺も面白くて」
「……」
セレンは小さく息を吐くと、再びナナセへ視線を戻した。
そして――。
セレンは手伸ばすと、ナナセの背中にある透明な羽へそっと指先を寄せた。
薄く透ける繊細な羽の表面を、大きな指先でゆっくりと撫で上げる。
「……?」
ナナセはパチパチと目を瞬かせた。
「あの……何か、変でしたか……?」
「いや」
セレンは指先で羽の触感を確かめながら答える。
「魔法を使うと、ここが少し動くから」
「……!」
ナナセは驚いて自分の背中の羽を振り返った。
「羽で……分かったんですか……?」
「うん」
「……」
ナナセは呆然とした。
今まで、遠視魔法を使っていることを誰かに気づかれたことなんてなかった。
魔力の痕跡も、ほとんど残さないようにしていた。
なのに――まさか、羽の動きで抜かれるとは思いもしなかったのだ。
「……今後は、気をつけます」
「うん。まあ、外が見たいなら言ってくれれば見せるから」
「……え?」
セレンは何でもないことのようにあっさりと言う。
「勝手に魔法使って怒られるより、そのほうがいいでしょ」
ナナセは少しだけ目を丸くした。
「……はい」
そして、小さく嬉しそうに頷いた。
セレンの膝の上で、触れられている羽をそっとセレンの温かな手へと擦り寄せる。
もう一度、セレンの指先が羽を優しく撫でた。
ナナセはその手触りに少しくすぐったそうにしながら、胸の奥が温かな安心感で満たされていくのを感じていた。




