第64話 変わらない温もり
護衛任務が始まってから、しばらく。
ナナセはセレンの外套の内側から、じっと周囲の気配を伺っていた。
最初こそ、アスレイがいることにひどく緊張していたものの、セレンたちがいつもと比較的変わらない様子で接しているのを見て、ナナセもだんだんと調子を取り戻しつつあった。
やがて道中で一時休憩が入り、周囲の人混みから少し離れた木陰で、セレンが腰を下ろす。
すると、その黒い外套の隙間から、ナナセの小さな頭がひょこっと覗いた。
胸元のかすかな動きに気づき、セレンが視線を落とす。
「どうかした?」
ナナセはポケットから少しだけ顔を出したまま、慎重に周囲を確認した。
アスレイたちは少し離れた場所で他の隊長格と話している。
フィリスたちもそれぞれ木陰で気ままに腰を下ろし、休憩を取っていた。
誰にも声が届かないと分かると、ナナセはセレンを見上げて小さな声で尋ねた。
「……セレンさんって」
「ん?」
「もしかして……すごく、偉い人だったんですか……?」
ナナセなりに、今目の前にある解消できそうな素朴な疑問を、まずは確かめようとしての問いかけだった。
「……」
セレンが一瞬、ぽかんと黙り込む。
「ふっ」
次の瞬間、思わずといった様子で吹き出した。
「……?」
ナナセはきょとんと目を丸くする。
「なんで……笑うんですか?」
「だって……」
セレンは漏れ出そうになる笑いを必死に堪えながら、ナナセを見つめた。
外套の中から頭だけをちょこんと出して、真剣そのものの、恐る恐るな表情で自分を見上げているのだ。
「その顔で聞く?」
「……どんな顔ですか」
「いや……」
セレンは耐えきれずに、またくすくすと笑う。
「可愛いなと思って」
「……っ」
ストレートに言われた言葉に、ナナセの顔が瞬く間にポッと赤くなった。
「……すみません」
「なんで謝るの」
セレンは外套の上から、ポケットの中にいるナナセの頭を指先で優しく撫でる。
「まあ、偉いかどうかは知らないけど」
「……」
「俺たちは五人でアルカに加入したっていうのは、前に話したよね」
「はい」
「今の立場も、その延長みたいなものだよ」
ナナセは首を傾げ、少しだけ考える。
「……でも」
「ん?」
「アスレイ様と、ずいぶん親しげでしたし……」
「そうだね」
「……」
ナナセは外套の中で、キュッと小さく縮こまった。
「やっぱり……すごい人、なんですね……」
セレンはそんなナナセの様子に、また楽しそうに目を細めた。
「まあ、そういうことにしとく?」
「……はい」
ナナセはまだ完全に納得しきれていないような、どこか遠い存在に感じて戸惑うような顔をしていた。
そんなナナセの表情を愛おしそうに見つめながら、セレンはいつもの穏やかで優しい声で言った。
「でも、ナナセは何も気にしなくていいよ」
「……?」
「俺が何者だとか、今の立場がどうとか」
セレンの手のひらが、頭の上で心地よい温もりを伝える。
「ナナセは、今まで通りでいいから」
その揺るぎない言葉と温もりに、ナナセの胸の奥にあった漠然とした不安がすっと溶けていき、少しだけ安心したように小さく微笑んだ。
「……はい」




