第62話 アルカの隊長
ナナセはセレンの胸元近くにあるポケットの中で、周囲の気配にじっと耳を澄ませていた。
しばらくすると、人の流れが少しだけ変わった。
フィリスの声が聞こえてくる。
「お久しぶりです」
いつものフィリスとは違う、どこか畏まった丁寧な声音だった。
ナギたちも、それまでの眠たげな雑談をピタリとやめている。
セレンも何も言わない。
その静まった空気だけで、ナナセにも何となく理解できた。
誰か、上の立場の人が来たのだと。
気になって、外套の隙間からほんの少しだけ外を覗き込む。
そして、ナナセは目を見開いた。
アルカのギルド隊長、アスレイ。
姿を見るのはこれが初めてだったが、その纏う威厳と佇まいから、一目見ただけでこの人がギルド隊長なのだと分かった。
ただ、ナナセはもっと冷徹で近寄りがたい人物なのだと思い込んでいたが、その予想は良い意味で裏切られることになった。
「久しぶりだな」
アスレイは穏やかな表情で笑っていた。
「フィリス、少し大人びたか?」
「そう見えます?」
「うん。まあ、気のせいかもしれないがな」
「ひどくないです?」
フィリスも肩の力を抜いて笑って返している。
ナナセは驚いた。
もっと軍隊のような堅苦しいやり取りになるのかと思っていたのだ。
ところが――。
「ナギは相変わらずだな」
「お久しぶりです、アスレイさん」
ナギは口調こそ改めているものの、雰囲気は普段と大して変わらない。
「相変わらず眠そうだ」
「朝なんで」
「それは理由にならないだろ」
「勘弁してください」
そんな軽妙なやり取りに、周囲の張り詰めた空気まで少し柔らかくなる。
ソラトやヒヨリも親しそうに笑っている。
セレンだけはいつも通り静かに佇んでいたが、アスレイに対して妙な警戒や畏怖を抱いている様子もない。
アルカの頂点に立つ人物。
それなのに、特別部隊の面々との距離は驚くほど近い。
ナナセが以前の五部隊で知っていた「上官」という冷酷な存在とは、根底から違っていた。
そのとき、アスレイの静かな視線が、ふとセレンへと向けられる。
「……セレン」
「はい」
短く静かな返事。
「今日は妖精を連れているのか?」
ナナセの身体が、ぴくりと硬直した。
セレンは自分の外套の内側へ視線を落とす。
そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「気付きました?」
「気配がするからな」
アスレイは穏やかに目を細める。
「出てきても大丈夫だぞ?」
ナナセはどうすればいいのか分からず、ポケットの中からセレンを不安そうに見上げた。
「……いえ、やめておきます」
セレンはそう言うと、外套の隙間をそっと手で閉じた。
ナナセの小さな身体が、暗い外套の中に完全に隠れる。
「はは」
アスレイが少し可笑しそうに笑った。
「思ったより大切にしてるんだな」
「……そっすね」
セレンは当然のようにあっさりと答える。
そのまま何事もなかったかのように、別の話題へと滑らかに移った。
「今回の配置、もう決まってます?」
「ああ。さっき確認したところだ」
ナナセは暗がりの中で、ほうっと小さく息を吐き出した。
見つかってしまったと思った瞬間は身体が強張った。
けれど、セレンがごく自然に自分を隠して守ってくれたことで、すっと全身の力が抜けていく。
セレンたちの会話を聞きながら、ナナセは外套の中でぼんやりと考えていた。
アスレイ。
アルカの隊長であり、特別部隊を統括する人物。
その人がセレンたちを見る瞳には、深い信頼と親愛が宿っていた。
まるで、ずっと昔から彼らを知り、共にあるかのように。
そんな特別部隊。
自分が今まで所属していた五部隊とは、明らかに格が違う。
五部隊だって、アルカの中では正式な戦闘部隊として厳しい訓練を課されていた。
けれど特別部隊は、そのさらに上の存在なのだ。
フィリスたちが他の隊員から敬意を持って挨拶されていたことも、今なら本当の意味で理解できる気がした。




