第58話 温かい涙
「ごめん」
セレンが、少し困ったように柔らかく笑う。
「泣かすつもりはなかったんだけど」
「……」
ナナセは小さく首を横に振る。
けれど、一度溢れ出した涙はもう止まらなかった。
頬を伝って、ぽろぽろと静かに零れ落ちていく。
「……ありがとう、ございます……っ」
ナナセは涙で視界を滲ませながらも、小さく笑ってみせた。
声は震えて途切れがちだったけれど、それでも、この感謝の気持ちだけはちゃんとセレンに伝えたかった。
「……うん」
セレンは嬉しそうに目元を緩める。
笑いながらも次々と零れ落ちる涙を、ナナセは慌てて手で拭おうとした。
「はは。忙しいな」
「……っ、はい……」
けれど、ナナセの手が届くより先に、セレンの長い指がすっと伸びてきた。
目元に溜まった透明な涙を、そっと指先ですくい上げる。
「ほら」
「……」
もう片方の目元にも、同じようにあたたかな指先が優しく触れる。
「せっかくの、綺麗な目なのに」
「……また、そういうこと……言うんですか」
涙声のまま、ナナセは困ったように、けれど嬉しそうに少しだけ笑った。
「ずっと思ってたから」
セレンは何でもないことのように、当然の顔で答える。
ナナセは恥ずかしそうに俯きながら、またぽろりと涙をこぼした。
セレンは困ったように笑いながら、その涙を一粒ずつ丁寧に指で拭っていった。
「……止まらないね」
「すみません……っ」
「だから、謝らなくていいって」
セレンの声は、どこまでも穏やかで優しかった。
ナナセはしばらくの間、セレンの前で涙を流し続けていた。
けれど――。
その涙を、もう隠そうとしたり、耐えようとしたりはしなかった。
◇
セレンの手の温もりを感じながら、ぽろぽろと流れていたナナセの涙はゆっくりと収まっていった。
「……落ち着いた?」
「……はい」
「すっきりしたならよかった」
セレンが優しく目を細めると、ナナセは安心したように小さく息をつき、そっと瞼を閉じた。
しばらくして、ナナセはソファの上で、すっかり安心しきった顔で深く眠っていた。
泣きはらした目元はほんのり赤くなっている。
けれど、その寝顔は驚くほど穏やかで安らかだった。
セレンはその隣に腰かけ、赤くなった目元へそっと指先を添えた。
「……」
起きる気配はない。
セレンは長い指先で優しく頬を撫でてから、肩まで掛け毛布をそっと掛け直した。
「……おやすみ」
静かな部屋に落とされた、小さな囁き。
セレンは部屋の照明を落とすと、薄暗くなった室内を一度だけ静かに振り返った。
そして、眠るナナセを起こさないよう足音を消し、静かに扉を開けて部屋をあとにしたのだった。




