第56話 昔馴染み
しばらくして、浴室の扉が静かに開いた。
ほんのり頬を火照らせたナナセが、濡れた白金色の髪を手で押さえながらリビングへと戻ってくる。
そして、部屋にいたキサの姿に気づいて小さく会釈した。
「あ、こんばんは……」
「おかえり、長風呂楽しんでたね」
キサが笑うと、ナナセは照れくさそうに頷いた。
「セレンさん、お風呂ありがとうございました」
「お礼はいらないよ。好きなだけ入って」
「……はい」
ナナセは嬉しそうに微笑むと、濡れた髪を乾かすために小さく手をかざした。
すると、ふわりと柔らかな風がナナセの周囲に生まれる。風に揺れる髪の毛先から、水滴が弾けるように飛んでいった。
それを眺めていたセレンがぽつりと呟く。
「……使役妖精って便利だな」
「ね。髪乾かせるんだ」
キサも感心したように頷く。二人の視線に気づいたナナセは、困ったように微笑んだ。
「そういう使い方をする魔法ではないのですが……」
「え、そうなの?」
「セレン、ツッコミどころそこじゃないでしょ」
楽しそうに吹き出すキサを横目に、すっかり髪を乾かしたナナセは風を止め、ソファへと腰掛けた。
温かな部屋と、お酒を交わす二人の穏やかな声。そんな時間が、少しずつナナセにとっての日常になり始めていた。
◇
「じゃ、俺はそろそろ帰るね」
キサがグラスを置いて立ち上がる。
「またね、ナナセ」
「はい。おやすみなさい」
セレンに軽く手を振り、キサは部屋を出ていった。
静かになった部屋で、ナナセはソファからそっとセレンを見つめた。
「……キサさんと、仲が良いんですね」
「ん?」
セレンはグラスを傾けながら、少し懐かしそうに目を細める。
「まあね。アルカに来る前からの付き合いだから」
「アルカに来る前から……」
セレンはソファの背もたれに深く体を預けた。
「俺たち、ちょっと特殊な入り方してるんだよ」
「?」
「フィリス、ナギ、ソラト、ヒヨリ、俺の五人でまとめて組織のような扱いでアルカに入った」
「五人で……?」
「そう。普通は個人で応募したり、ギルド側から勧誘されたりして入ったあと、組織になるんだけど」
セレンは少しだけグラスを回す。
「俺たちは最初から五人組のまま加入した」
「だから、特別部隊なんですか?」
「それもあると思う」
「なるほど……」
ナナセは少し珍しそうに目を瞬かせた。
「じゃあ、フィリスさんたちとはアルカに入る前から一緒だったんですね」
「そう」
「キサさんも?」
「キサは別。同じくらいの付き合いだけど、俺たちが来る前から先にアルカには居たかな」
「……そうなんですね」
ナナセは手の中の温もりに想いを馳せるように、少し考え込んだ。
一人で動くことも多く、どこか一匹狼のようにも見えるセレン。
けれど、その背景には、アルカに来る前からずっと続いている仲間たちとの深い絆があった。
「……なんだか、素敵ですね。ずっと仲良しで」
「そう? まぁ……付き合いが長いからね」
セレンは少し照れくさそうに視線を逸らした。
ナナセはそれを見て、ふわりと胸を撫で下ろすように小さく笑った。
セレンにも、ずっと昔から変わらない大切な居場所がある。
それを知ることができたのが嬉しくて、なぜだかとても安心した。




