第54話 渡されたもの
部屋へ戻ると、セレンがカチャリと扉を閉めた。
廊下の賑やかな気配が遠ざかり、部屋の中は二人の穏やかな静寂に包まれる。
ナナセはしばらく黙っていたが、ふとセレンの背中を見上げた。
「……セレンさん」
「ん?」
「……ごめんなさい」
「?」
セレンが少し不思議そうに首を傾げる。
「さっき……フィリスさんたちに、その……」
ナナセは申し訳なさそうに言葉を濁す。
自分がセレンの部屋に置かれていることで、セレンが仲間たちからからかわれるような空気になってしまったことが気になっているらしい。
「……気にしなくていいよ」
セレンは拍子抜けしたように、すぐに柔らかく笑った。
「俺は全然気にしてないから、大丈夫」
「でも……」
「本当に」
そう言って、セレンはナナセの前まで歩み寄ってきた。
そして、ポケットから金属の小さな物体を取り出す。
「はい」
差し出されたのは、銀色に光る部屋の鍵だった。
「……?」
ナナセは戸惑いながら、そっと手を出してそれを受け取る。
「これ……」
「俺の部屋の鍵」
「え……」
ナナセが驚きに目を丸くする。
セレンは特に大したことではないように、淡々と言葉を続けた。
「俺が居ない時でも使っていいから」
「……」
ナナセは掌の中にある小さな鍵を、じっと見つめた。
「勝手に……入ってもいいんですか?」
「うん」
「……」
「庭園から戻ってきた時とか、一人でここでゆっくり休みたい時とか。いつでも好きに使っていい」
あまりにも当然のような口振りで言われて、ナナセはしばらくの間、声が出なかった。
以前いた五部隊では、決められた部屋以外の出入りは厳しく制限されていた。
自分専用の鍵など持たされるはずもなく、誰かの部屋に入るのは命令された時か、雑用を言い渡された時だけだった。どこへ行くにも許可が必要で、自分の意思で安心できる場所などどこにもなかったのだ。
けれど、セレンは当たり前のように自分にこの部屋の鍵を渡してくれた。
「……ありがとうございます」
ナナセは掌の中の冷たい鍵を、愛おしそうにぎゅっと両手で握りしめた。
「どういたしまして」
セレンはそう言って、いつものようにソファへ向かって歩き出した。
ナナセもそのあたたかな背中の後ろを、小さくついていく。
手の中で、金属の鍵が小さくチリンと揺れた。
それは、どこにでもあるただの部屋の鍵かもしれない。
けれどナナセにとっては――この広いアルカの中で、自分だけの居場所を一つもらったような、そんな気がしていた。




