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星を抱くひと  作者: 飴目
第1章

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第5話 巡回任務

ある日。


拠点周辺の巡回任務のため、フィリス率いるセレン一行は街の外縁へ向かう街道を歩いていた。


フィリスが先頭、その後ろにナギ、ソラト、ヒヨリ。少し離れてセレンが続いている。

両側に広がる低い森から、風に揺れる木々の音が遠く聞こえていた。


「異常なし」


フィリスが周囲を見渡しながら呟く。


「こっちも」

「後方も問題なし」


ナギが返し、ソラトも後ろを確認する。ヒヨリは軽く目を閉じ、周囲を流れる魔力を探っていた。


いつもの巡回任務。

ただ一つ違っているのは、セレンの肩に小さな妖精が乗っていることだった。


街を出るまでは人間サイズで歩いていたナナセだったが、移動するには小さいほうが楽だと言われ、今は手のひらほどの姿になっている。白金色の髪が風に揺れ、背中の小さな羽が時折ぱたぱたと動いていた。


「……ナナセ、ずっとそこなんだ?」


ナギが振り返る。


「うん」


セレンは前を向いたまま答えた。


「いいの?」

「何が?」

「いや……」


ナギは少し言葉に詰まった。


使役妖精を知る者からすれば、今の光景は少し奇妙だった。

戦闘部隊に所属する妖精なら、索敵や監視、魔力補助などを任されるのが普通だ。人間から与えられた役割を果たし、その役に立つことに生きがいを見出す――それも、使役妖精のひとつの性質だった。


けれど、ナナセは何もしていない。

少なくとも外から見える限りでは、ただセレンの肩に座っているだけだった。


街道に入った当初、ナナセはセレンの少し後ろを飛んでいた。一定の距離を保ちながら周囲を警戒し、異常があればすぐ報告できるように。それが当然だと思っていたからだ。


けれど途中で、セレンが足を止めた。


『ナナセ』

『はい』

『後ろで飛ばれると死角になって危ない。肩に乗って』

『……はい』


それだけだった。

ナナセは言われた通りセレンの肩へ移り、それから一度も降りていない。


「でも、セレン」


今度はソラトが振り返った。


「ナナセに索敵とか監視とかさせなくていいのか?」

「俺たちがしてるじゃん」

「いや、でも……」

「必要なら頼む」


セレンは淡々と答える。


「今は、必要ない」

「……なるほどね」


ソラトはそれ以上追及せず、前を向いた。


ナナセはセレンの肩の上で、小さく身を縮めていた。


何も命じられていない。だから、何もしなくていい。

そう言われている。頭では理解していた。


けれど、長年染みついた身体は、以前の習慣を忘れてはくれなかった。


森。

街道。

空。

風の流れ。

魔力の動き。


何も命じられていないのに、視線だけが勝手に周囲を追ってしまう。


(……異常なし)


確認を終え、ナナセは小さく息を吐いた。

その瞬間、記憶の奥に刻まれた感覚が、ふと過去へ引き戻す。


結界を張る。維持する。

監視魔法を展開する。

異常があれば報告する。

解除して、また別の場所へ――。


『もっと広く索敵しろ』

『結界を維持しろ』

『まだ終わってない』


過去の主人の声に引かれるように、ナナセは無意識に魔力を練り始めた。ほんの少しだけ、周囲を探るための魔法を展開しようとする。


その瞬間だった。


「ナナセ」


セレンの声が届いた。


「はい」

「何か見えた?」

「……いえ」

「じゃあ、何もしなくていいよ」

「……」


ナナセは目を瞬かせた。

指先で練りかけていた魔力が、静かにほどけて失われていく。


「……はい」


小さく返事をする。

セレンはそれ以上何も言わず、いつも通り前を向いて歩き続ける。ナナセも黙ってその肩に座っていた。


けれど――しばらくして、胸の奥に妙なざわめきが残っていることに気づいた。


何もしなくていい。

そんな言葉、以前ならあり得なかった。


命令されない。働かなくていい。魔力を使わなくていい。

それは確かに楽だった。

身体が軽い。呼吸も苦しくない。羽も重くならず、魔力もほとんど減っていない。

こんなに穏やかな任務は初めてだった。


なのに。


(……何もしなくて、いい)


その言葉を、頭の中でもう一度反芻する。

すると、胸の奥がひやりと冷えていった。


自分は、今、何もしていない。

セレンも、自分に何も求めていない。

フィリスたちが周囲を警戒し、セレンも必要な場所は自分で確認している。


――ナナセがいなくても、任務は何の支障もなく進んでいく。


(……私は、必要ない)


そこまで考えて、ナナセは慌てて小さく首を振った。


違う。

セレンは「必要ない」と言ったわけではない。

ただ、「何もしなくていい」と言っただけだ。


分かっている。それなのに。


(必要がないなら……)


その先に浮かびかけた恐ろしい思考を、ナナセは自ら打ち消した。


胸の奥が、冷たく震える。

必要がなくなったら。

その次は――。


そこから先を考えたくなくて、ナナセはセレンの髪へ視線を落とした。


「……」


どうして、こんなことを考えてしまうのだろう。


何もしなくていいと言われている。

怒られない。苦しくない。痛い思いもしない。


それなのに――どうしてこんなにも、怖いのだろう。


答えは分からなかった。

ナナセはもう、胸の奥に芽生えた小さな不安を消すことが出来なくなっていた。

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