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星を抱くひと  作者: 飴目
第3章

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第49話 満月の輝き

セレンは渡り廊下を抜け、静まり返った中庭へと辿り着く。


ふう、と深く息を吐き出し、張り詰めた気を沈めるように中庭を見渡しながら足を踏み入れた、その時だった。


セレンの視線が、一瞬にして一点へと奪われた。


噴水の石の縁。そこにナナセがいた。

縁に沿うように身体を横たえているその背からは、透き通るような羽が大きく羽ばたくように開かれていた。


薄暗くなった中庭の景色のなかで、その羽は淡く優しい光を纏っていた。

まるで羽の表面に星々がひとつずつ浮かび上がっているかのような、微かな瞬き。

羽の繊細な葉脈を通って、流れるように循環していく柔らかな光芒《こうぼう》。

夜空を走る流星が、そのまま羽の中に閉じ込められているようだった。


「……」


セレンは思わず足を止めた。

静寂に包まれた中庭で羽を広げ、幻想的な光を放つナナセの姿は、どこかこの世のものとは思えないほど浮世離れしていた。


かすかな足音に気づいたのか、ナナセが顔を上げる。

「あ……」

すっと身体を起こす。

それに合わせて、大きく開かれていた羽がゆっくりと背中へと畳まれていった。


「おかえりなさい」

ナナセは地面に足をつけて立ち上がると、小さくお辞儀をした。


セレンはしばらくの間、奪われた視線を戻せずに言葉を失っていた。


「……ただいま」


ようやく返した声は、いつものように低く落ち着いていた。


ナナセはセレンの顔をじっと見つめる。

そして、不思議そうに少し首を傾げた。


「……?」


セレンの纏う雰囲気に何かを感じ取ったような、そんな表情。

けれどナナセは、その事を問いかけようとはしなかった。


セレンは静かに中庭の奥へ歩みを進める。

さっきまで胸の奥を激しく支配していたあの冷たく黒い怒りが、目の前に広がる穏やかな光景を見つめているうちに、少しずつ、解けるように消え去っていく。


ナナセは何も知らない。

今日、自分が留守番をしている間にどこで何があったのかも、誰と会ったのかも。

ただここで静かに、羽を広げていたのだ。


「ここにいたんだ」

「はい」

「ずっと?」

「少し前からです」

ナナセが噴水の縁を優しく見やる。

「少しだけ、夜の風に当たりたくなったので」

「そっか」


セレンはナナセのすぐ隣へ並んで立った。

暮れなずむ中庭のなか。

セレンはナナセの背中で静かに光る羽を、じっと見つめていた。


「……羽」

少し感嘆の混ざったような声。

ナナセが振り返る。

「はい?」


セレンは答えず、もう一度その綺麗な羽に視線を落とした。

薄暗い中庭の光の中で、淡い光を纏った羽が脈打つように静かに瞬いている。


ナナセはその視線の理由を察したのか、ふわりと目を細めて頭上の空を見上げた。

「今日は満月なので」

「満月?」

「はい。こういう夜は、こうなるんです」


ナナセが小さな指で空を指さす。

高い木々の隙間から、ちょうど丸く輝く満月がその姿を現したところだった。

夜空にぽっかりと浮かんだ月はどこまでも大きく、青白い光で中庭全体を柔らかく照らし出していく。

その月光に呼応するように、ナナセの羽もまた、さっきよりほんの少しだけ強く美しい輝きを帯びた。


「私、満月の日は魔力が高まるので……それが、羽にも表れやすいんです」

「そうなんだ」


セレンもナナセの隣で、静かに空を見上げる。

ナナセも隣に寄り添いながら、同じ月を見つめていた。


そんな二人の間を、夜の静寂と甘い花の香りを含んだ風が、優しく通り抜けていった。

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