第47話 警告
任務を終える頃、集合地点には再び各部隊が集まっていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
互いに短く労いの言葉を交わしながら、それぞれの部隊が帰路につこうとしている。
特別部隊もまた、手際よく装備を片付け始めていた。
セレンが外套を羽織り、身支度を整えたその時。
「セレンさん、ですよね?」
背後から声をかけられ、セレンは静かに振り返った。
そこに立っていたのは、カネルだった。
「……何」
セレンの眼光は、氷のように冷たい。
カネルは一瞬だけその圧に怯んだものの、どこか歪んだ親切心を装うように言葉を続けた。
「ナナセのことなんですが」
セレンの瞳が、すっと細くなる。
「あの子、そちらに居ますよね?」
セレンは答えない。
カネルは構わず、差し出がましくも言葉を重ねた。
「でしたら、元契約者としていくつか伝えておいた方がいいと思いまして。あの子、食事はいらないですから。魔力の補給だけで十分に――」
「……」
「それと、支配薬なら少し強めに打った方がよく効きますから。弱い薬だと魔力に――」
最後まで言葉が紡がれることはなかった。
次の瞬間――。
ズドン、と重い衝撃音と共に、カネルの身体が地面へと叩きつけられた。
「っ……!?」
呼吸間すらない一瞬の出来事だった。
セレンが上から押しつぶすように乗しかかり、懐から引き抜いたナイフの冷たい刃先が、カネルの喉元へ深く突きつけられていた。
周囲の空気が、一瞬にして凍りつく。
少し離れた場所にいたフィリスたちも、息を呑んで脚を止めた。
カネルを見下ろすセレンの顔には、怒りすらほとんど浮かんでいなかった。
ただ、ぞっとするほど静かで、恐ろしいほどの殺気だけが渦巻いていた。
「……知ったような口を聞くな」
刃先が、かすかにカネルの皮膚へ食い込む。
カネルの息が止まり、顔色が急速に土気色へと変わっていく。
「セレン」
フィリスが制するように、低く呼びかけた。
けれど、セレンはカネルから一切視線を逸らさない。
「ナナセのことを、お前が語るな」
声のトーンはどこまでも静かだった。
だからこそ、余計に狂気を含んだ恐ろしさが漂っていた。
カネルは何かを言い返そうと喉を揺らした。
けれど、首筋に食い込む冷たい刃を前に、掠れた呼吸音すら立てることができない。
セレンはしばらくの間、虫ケラでも見るような目でカネルを見下ろしていた。
「……次は無いと思え」
それだけを冷酷に告げると、セレンはスッと身体を離して立ち上がった。
二度とカネルを振り返ることもなく、静かな動作でナイフを鞘へ収める。
「セレン……」
ナギが気遣うように声をかける。
「帰る」
短い返事。
セレンはそのまま、迷いのない足取りで歩き出した。
フィリスたちも互いに視線を交わし、慌ててその後に続く。
一人残されたカネルは、泥のついた地面に手をついたまま、しばらく動くことができなかった。
首筋に残る、あまりにも冷たく鋭い刃の感触。
そして――最後に自分を見下ろしていたセレンの目。
あれは、単なる脅しや警告などではなかった。
もし次にナナセへ爪を立てようとすれば、あるいは不躾な言葉を向けようとすれば。
本当に、自分の命の『次』はないのだと。
カネルは激しく震える指先で、自分の首筋をそっと触れた。
「……なんで……」
誰に向けた言葉なのか、自分自身でも分からなかった。
ただ――あの小さな使役妖精が、もう二度と自分の手の届く場所には戻ってこないことだけは。
痛烈な恐怖と共に、はっきりと理解させられていた。




