第46話 使役妖精の日常
任務の中継地点。
短い休憩に入り、フィリスたちは壁際に身を寄せて水分を補給していた。
少し離れた場所では、五部隊の隊員たちも体を休めている。
けれど、彼らの周囲に座り込んで休んでいる妖精の姿は一匹もなかった。
小さな身体で休む間もなく飛び回りながら、結界の維持確認を行う。
周囲の警戒と索敵。
隊員の魔力補助。
隊員から容赦のない指示が飛ぶたびに、妖精たちは怯えたようにすぐさま翻弄される。
一匹がフラフラになりながら戻ってくれば、また別の隊員から矢継ぎ早に新しい指示が飛んでいく。
人間たちの休憩時間のはずなのに、妖精たちは一秒たりとも休むことを許されていなかった。
「……」
ヒヨリがその光景を、じっと見つめている。
ナナセが以前いた場所。
かつてのナナセも、きっとあの中に交じっていたのだ。
「妖精って、あんな感じなの?」
低く冷めた声だった。
フィリスはすぐには答えなかった。
「……妖精の扱い方は、各部隊の運用方針と組織が決めることだからな」
「でも」
ヒヨリが不満げに目を細める。
「休む時間くらい、あって当然じゃないの?」
「俺たちが他部隊に直接口を出せる話じゃない」
フィリスはそう答えるのが精一杯だった。
組織として定められた契約と、各部隊における運用の実情。
どこまでを把握し、善悪としているか、判断するのは自分たちではない。
外部である自分たちがそこに口を挟むことは、組織の規律上容易ではないのだ。
「……」
ソラトも重い沈黙を保ったまま、静かに五部隊へ視線を向ける。
ナギは腕を組みながら、苦々しい表情を浮かべていた。
セレンは何も言わなかった。
壁に背を預けたまま、無言でボトルの水を口に含んでいる。
ただ、その冷ややかな視線だけが、五部隊の妖精たちをじっと捉えていた。
一匹の妖精が、広範囲の魔法を使い終えた。
小さな身体を肩で息させ、一瞬だけ地面に降り立とうとする。
「次、結界の東側」
すぐに容赦のない命令が飛ぶ。
「……かしこまりました」
妖精はそれ以上何も言わずに、再び羽を羽ばたかせて飛んでいった。
「……」
セレンの指先が、持っていたボトルをわずかに強く握りしめた。
ナナセも、かつてはあのように働かされていたのだ。
休む時間など与えられず、指示が飛べば身体を削って動き。
どれほど限界まで疲弊していても、動けなくなるまで使い潰されて。
そして、それこそが自分の存在意義なのだと思い込まされていた。
セレンは静かに目を伏せる。
昨夜、自分の部屋で聞いたナナセの呟きが胸に蘇る。
森を何かに襲われたこと。
たった一人で傷つき彷徨っていたこと。
アルカに保護され、そして五部隊の使役妖精としてカネルのもとへ配属されたこと。
セレンは一言も発しなかった。
けれど、隣にいたナギがちらりとセレンの横顔を伺う。
その固く結ばれた口元だけで、セレンが今どれほどの感情を押し殺しているのか分かった。
「……セレン」
「何」
「いや」
ナギはそれ以上、言葉を重ねなかった。
セレンも追及しない。
ただ、再び妖精たちへと視線を戻す。
その瞳に宿る光は。
いつもの無関心や冷淡さとは、明らかに違う重みを含んでいた。




