第45話 交わる視線
任務開始地点に合流すると、すでに複数の戦闘部隊が集まっていた。
それぞれが装備を最終確認しながら、必要な情報を交換している。
やがて、特別部隊であるフィリスたちが到着すると、周囲の空気が少し変わった。
「おはようございます」
「特別部隊の皆さんも揃いましたね」
他部隊の隊員たちが次々と挨拶を交わしてくる。
フィリスたちも、それぞれ軽く応じていく。
ナギが何気なく周囲を見回していると――。
「……あ」
五部隊の姿が目に入った。
その中には、カネルの姿もあった。
以前、集会の時に顔を合わせた、ナナセの前契約者だ。
カネルはこちらの存在に気づくと、他の部隊員たちとともに挨拶に向かってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
フィリスが短く応じる。
ナギやソラト、ヒヨリもそれぞれ静かに挨拶を交わした。
そして、その少し後ろにはセレンが立っていた。
セレンは仲間たちが挨拶を交わす様子を、ただ静かに見つめていた。
「おはようございます」
「……」
互いに、視線が交差する。
カネルの挨拶に、セレンは何も言わない。
ただ、カネルの顔をじっと、射抜くように冷たく見据えたままだ。
その視線を受けただけで、カネルの表情がかすかに強張った。
セレンはもともと他部隊との積極的な交流を好むタイプではない。
任務中も、必要最低限のやり取りだけで十分だと思っている男だ。
けれど今日は、明らかに雰囲気が異なっていた。
「……」
ただそこに立っているだけだというのに、肌を刺すような妙な圧があった。
フィリスもその殺気に似た気配に気づいていた。
ナギはセレンの横顔を盗み見ると、苦笑いを浮かべる。
「お前、今日のプレッシャー凄すぎるって」
「そう?」
「そうだよ」
ナギが声のトーンを落として耳打ちする。
「なんかずっと機嫌悪いじゃん」
セレンは答えなかった。
ただ、静かにカネルから視線を外す。
「……持ち場行く」
「あ、はいはい」
ナギが肩をすくめる。
「じゃあ俺たちも行こう」
セレンはそのまま迷いなく歩き出した。
フィリスたちもその後に続く。
その背中を見送りながら、ソラトが小さく呟いた。
「……今日のセレン、相当だね」
「うん」
ヒヨリも深く頷く。
フィリスは何も言わなかった。
ただ、セレンが一度も振り返らずに前を見据えている姿を、静かに見守っていた。
◇
カネルは、遠ざかっていくセレンたちの背中をしばらくの間見送っていた。
「……」
特別部隊。
アルカの中でも明確に別格とされるトップクラスの部隊だ。
同じ戦闘部隊に所属していても、普段なら直接関わる機会などほとんどない。
その中でもセレンは、特に他人と距離を置く人物だ。
以前からそういう冷徹な男だった。
けれど。
今日のセレンは、明らかに様子が違った。
「……なんだ、あの空気」
隣にいた他部隊の隊員が、不気味そうに小さく呟く。
「さあな」
カネルは短く答えた。
そう答えながらも、本能で理解していた。
セレンは自分を見ていた。
ただ睨みつけていただけではない。
こちらの内面を抉り出し、奥底まで見透かそうとするような冷ややかな目だった。
「……」
カネルは無意識のうちに、拳を強く握りしめていた。
ナナセ。
その使役妖精の名前が脳裏をよぎる。
数日前、集会で顔を合わせた時も、ナナセはセレンのすぐ側にいた。
あの時、自分たちが近づこうとした瞬間、セレンはナナセを抱き上げてその場を去った。
あれも、偶然などではなかったのだろうか。
「……まさか」
カネルは小さく呟いた。
何か知られたのだろうか。
そう考えた瞬間、胸の奥で嫌なざわめきが広がっていく。
しかし――。
「カネル様、陣形の確認をお願いしても?」
隊員に声をかけられ、ハッと我に返る。
「……ああ、分かった」
カネルは歩き出した。
これから任務が始まるのだ、余計なことを考える必要はない。
そう自分に言い聞かせる。
少し離れた場所で、特別部隊の姿が視界に入る。
その中心で静かに佇むセレン。
今はもうこちらを見てはいない。
それなのに、なぜか背後からじっと見つめられているような感覚が消えなかった。
「……」
カネルは強引に視線を逸らす。
そして、ふと考えた。
ナナセは今、どこにいるのだろう。
今日もセレンに同行していると思っていたが、その姿はどこにもない。
その事実に、ほんの少しだけ安堵している自分に気づく。
同時に、得体の知れない胸騒ぎが胸を突き刺した。
知られているのか。
あの例の報告書の内容が。
自分がナナセに施してきた指導のすべてを、もし、セレンが知っているのだとしたら。
今日のあの冷たい目は、ただの不機嫌などではない。
カネルは無意識に、干からびた喉を鳴らした。
「……考えすぎだ」
小さく呟いて振り払う。
そして、何事もなかったかのように装って隊員たちの後を追った。




