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星を抱くひと  作者: 飴目
第2章

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第42話 朝の光とハーブティー

しばらくすると。

寝室の奥で、何かがもぞもぞと動く気配がした。


(……起きたのかな)


ナナセがそちらへ視線を向ける。

赤い髪が、寝室の入口からひょっこりと少しだけ覗いた。

それから、ゆっくりとセレンが姿を現す。


「……ん」


まだ完全には目が覚めていないらしい。

髪は少し乱れていて、歩き方もどこかぼんやりとしている。

昨日の朝もそうだった。

ナナセは、もしかするとセレンは朝があまり強くないのかもしれない、と思った。


セレンはリビングへ出てくると、ソファにいるナナセを捉える。

そして、そのままフラフラとソファの前まで歩いてくると、その場に静かに座り込んだ。


「……おはよ」

少し掠れた、眠たげで低い声。


「おはようございます」

ナナセが返すと、セレンはその声を聞いているのかいないのか、じっとナナセの顔を見つめてきた。


「……?」


ナナセは少しだけ戸惑う。

セレンの静かな視線が、自分の顔にまっすぐ向けられている。


やがて。

セレンがゆっくりと手を伸ばしてきた。


「……っ」


ナナセの身体がわずかに強張る。

けれど、その手は頬を撫でることもなく、そっと目元へ触れた。

長い指先が、目元に残っていた涙の跡を優しく撫でさする。


「……!」


ナナセは驚いて目を丸くした。

セレンの指が、離れていく。


「大丈夫?」


掠れた声での問いかけ。

ナナセは一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。

けれど――昨夜の夢の名残で残っていた涙のことだと気づき、ハッとする。


「……はい」

小さく、けれどはっきりと答える。

「大丈夫です」


セレンはナナセの顔をしばらく見つめていた。

「そう」

それだけ言うと、安心したように目を細めた。


「よかった」

ぽん、と頭に手が乗る。

そのまま、ナナセの髪を優しく軽く撫でる。


ナナセはまた目を丸くした。

けれど今度は、身体を硬直させることはなかった。


セレンはそれ以上何も言わずに立ち上がる。

少しふらつきながら、そのまま浴室へと向かっていく。

パタンと扉が閉まり、しばらくするとシャワーの水音が聞こえ始めた。


ナナセは一人ソファに座ったまま、自分の頭へそっと手を触れる。


(……撫でられた……)


胸の奥が、ほんの少しだけ温かかった。

窓から差し込む朝の光が、昨日よりもずっと穏やかに感じられた。


◇


セレンが浴室から出てくると、リビングにはナナセの姿がなかった。


「……?」


部屋を見渡す。

すると、どこからかふわりと香ばしい珈琲の香りが漂ってきた。


「……キッチンか」


セレンがそちらへ向かうと、そこにはナナセがいた。

台所に立ち、丁寧に珈琲を淹れている。


セレンが入ってきたことに気づくと、ナナセがパッと振り返った。


「あ……」

少し驚いた顔を見せる。


「勝手に使ってしまって……」

「ありがとう」

「……え?」

謝ろうとした言葉をすんなり遮られ、ナナセはパチパチと目を瞬かせた。

セレンはいまだ眠たげな顔のまま、淹れたばかりの温かい珈琲を受け取る。


「助かる」

「……」

ナナセはしばらくセレンを見つめていた。

「……いえ」

それから嬉しそうに、小さく口元を緩めて微笑んだ。

セレンもその表情を見て、ほんの少しだけ表情を柔らかくする。


「そういえば」

セレンはキッチンの奥にある戸棚を指差した。

「ここ、見て」

「……?」

ナナセが近づき、戸棚を開ける。


中には、いくつもの小さなガラス瓶や箱が綺麗に並んでいた。

ハーブティーだった。

花や葉の種類ごとに分けられていて、香りの違いも分かるように簡単な札が付けられている。


ナナセは目を輝かせた。

「これ……」

「昨日、庭園にいる間に揃えておいた」

「私がいない間に……?」

「うん」

セレンは珈琲を一口含み、息を吐く。

「ハーブティー、好きなんでしょ」

「……」

ナナセは戸棚の中をじっと眺めた。

いくつも綺麗に並べられたハーブティー。

これが自分のために用意されたものなのだと、すぐには信じられなかった。


「好きなの飲んで」

「……ありがとうございます」

ナナセの声が、ぽんと少し弾む。

セレンはそれを聞いて、珈琲を飲みながら可笑しそうに小さく笑った。

「そんなに喜ぶ?」


「……はい」

ナナセは戸棚から目を離さずに答える。

「嬉しいです」


その素直な言葉に、セレンは一瞬だけ黙った。

それから、何でもないことのように呟く。

「じゃあ、よかった」


ナナセはもう一度、戸棚の中を愛おしそうに見つめ、瓶のひとつにそっと指を触れた。

「……どれから飲もう」

小さな声で、楽しそうに呟く。


セレンはそんなナナセを横目で見ながら、珈琲をもう一口飲んだ。


朝のキッチンには、珈琲の香ばしさとハーブの爽やかな香りが、静かに、そして優しく混ざり合っていた。

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