第40話 開いた扉
しばらくして。
セレンが静かに本を閉じた。
本をテーブルに置き、壁の時計を見やる。
「そろそろ寝るけど」
「はい」
ナナセも手元の本を閉じた。
セレンは少し考えるような視線をナナセに向けると、何気ない調子で尋ねた。
「ソファで寝る? それともベッド使う?」
「……え?」
ナナセは思わず目を瞬かせた。
てっきり「もう遅いから」と、自分の部屋へ戻るよう促されると思っていたのだ。
けれど、セレンの中にそんな選択肢は最初からないようだった。
「……」
少しだけ戸惑いながらも、ナナセは部屋のソファに視線を落とす。
「……ソファで寝ます」
「分かった」
セレンはそれ以上、何も言わなかった。
寝室へ向かう前に、ナナセが使っていた毛布をふっと持ち上げる。
「これ、もう一枚かけておく?」
「……大丈夫です」
「……そう?」
セレンは一度ナナセの顔を見る。
それから、寝室にあったもう一枚の薄手の毛布を持ってきて、ソファの端へそっと置いた。
「寒くなったら使って」
「ありがとうございます」
少し間を置いて、セレンが言葉を付け足す。
「あと」
「……?」
「怖くなったり、何かあったら起こして」
「……」
ナナセは少しだけ目を見開いた。
「起こして……いいんですか?」
「うん」
「でも……」
「いいよ」
セレンはあっさりと答えた。
「遠慮しなくていい」
ナナセはしばらく黙っていた。
それから、胸の奥からこみ上げる温かさに小さく頷く。
「……分かりました」
セレンは満足したように一つ頷くと、部屋の隅にある小さなランプに明かりを灯した。
柔らかな橙色の光が、暗くなったリビングをぼんやりと照らし出す。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
セレンは寝室へと向かった。
けれど、その扉をパタンと閉めることはしなかった。
ほんの少しだけ、隙間を開けたままにしておく。
寝室の中から、セレンがベッドへ入る気配が静かに伝わってきた。
ナナセはゆっくりとソファへ横になった。
毛布を引き寄せ、身体に掛ける。
部屋の中は、とても静かだった。
けれど、完全な暗闇ではない。
頭上を照らす小さなランプの光と、少し離れたところから伝わってくるセレンの気配。
「……」
ナナセはそっと目を閉じた。
ここは自分の部屋ではない。
それなのに、不思議と――昨日よりもずっと、深く安心していた。
「……おやすみなさい」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
すると、少しだけ開いた寝室の扉の向こうから。
「ん……」
眠たげで、けれど優しい返事が聞こえた。
ナナセはその声に包まれるようにして、静かに深い眠りへと落ちていった。




