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星を抱くひと  作者: 飴目
第2章

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第37話 夕暮れの温もり

少しずつ陽が傾き始め、訓練所に差し込む光も昼間の力強さから優しく柔らかい茜色へと変わり始めた頃。


フィリスが自分の武器を拭いながら手元へ収め、周囲を見渡した。

「よし、そろそろ終わるか」

「賛成」

ソラトが腕をぐっと回して肩をほぐす。

ナギもまた、大きく背伸びをした。

「今日は結構動いたなぁ」

「なかなか効いたねぇ」

ヒヨリが爽やかに笑いながら、自分の荷物をまとめる。


セレンも最後に軽く身体を伸ばすと、静かな足取りで訓練所の端にある長椅子へ向かった。

そこには、脱いでおいた自分の上着がある。


「……寝てる」

セレンが小さく呟いた。


折りたたんだ上着の上で、小さなナナセがすやすやと眠っていた。

身体をキュッと丸く丸め、可憐な羽を背中へと静かにたたんでいる。

透き通るような白い髪が柔らかな布地の上に広がり、差し込む夕陽を受けて淡く黄金色に輝いていた。


セレンの声に気づき、フィリスたちも足音を殺して近づいてくる。


「ほんとだ」


ナギがその場にそっとしゃがみ込んだ。

「……」

としばらくの間、息を呑むようにナナセの寝顔を見つめる。


ソラトもその隣から覗き込んだ。

「なんか……」

「うん」

ナギが声のトーンを落として小さく頷く。

「陶器の彫刻みたい」

「分かる」

ソラトも静かに同意した。


「起こす?」

フィリスの静かな問いかけに、セレンはすぐには答えなかった。

そのまま膝をつき、ナナセの様子を確かめる。

小さな胸が、静かにゆっくりと上下していた。

呼吸は穏やかで、何の脅威にも怯えていない深いまどろみの中にいる。


「……いい」

セレンが静かに言った。

「このまま連れていく」

「了解」

ナギたちも納得したように声を落とした。


セレンは長椅子の上から、畳んだ上着の端をそっと両手で持ち上げた。

ナナセが衝撃で目を覚ましてしまわないよう、壊れ物を扱うように慎重にその身体を包み込んでいく。


小さな身体が、柔らかな布地の中へそっと沈み込む。

「……」

ナナセは穏やかな寝息を立て続けていた。


セレンはそのまま上着ごと、ナナセを優しく腕の中に抱え上げた。

「部屋、戻る」

「お疲れ。じゃあ、また明日」

フィリスがひらひらと手を振る。

セレンは短く頷いた。


眠ったままのナナセをしっかりと抱きかかえ、セレンは訓練所をあとにした。


夕方色に染まる廊下を静かに歩く、セレンの腕の中。

上着に暖かく包まれた小さなナナセは、深い安心感の中で眠り続けていた。


◇


「ナナセ」


静かで温かな声が、遠くから聞こえた。


「……」


ナナセはゆっくりと瞼を開く。

ぼんやりとした視界に映ったのは、見慣れたセレンの部屋の天井だった。


「……?」


ここは――訓練所ではない。

周囲を見渡して、ナナセはようやく現状を理解した。


「……え」


いつの間にか、自分は眠ってしまっていたらしい。

最後に覚えているのは、セレンの上着の上でみんなの訓練を眺めていたところまでだったはずだ。


「ナナセ」

もう一度、すぐ近くから声がした。

振り向くと、セレンがすぐそばの椅子に腰掛けてこちらを見ていた。


「起きた?」

「……っ!」

ナナセは跳ね起きるように、慌てて身を起こした。


「ご、ごめんなさい……!」

「何が?」

「また……眠ってしまって……」

「うん」

セレンは責める色など少しも見せず、淡々と応じる。

「気持ちよさそうに寝てたね」

「……」

ナナセは気まずそうに視線を落とし、胸元で手を握りしめた。


「……訓練の邪魔を、してしまって……」

「してないよ」


セレンがあっさりと、当たり前のように否定する。

「全然大丈夫」

「……」


ナナセは驚き、灰色の目をパチパチと丸くした。

セレンはそんなナナセを見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「ちゃんとぐっすり眠れてたなら、それでいい」

「……はい」


ナナセは自分の身体を見下ろす。

セレンの上着の上にいたはずの自分は、今やソファの上に整えられた毛布の上に、そっと置かれていた。


「……セレンさんが、運んでくれたんですか?」

「うん」

「……すみません」

「だから、謝らなくていいって」


セレンはそう言いながら、テーブルの上に用意していた水の入ったグラスをナナセの前へ差し出した。

「喉、乾いてない?」

「……少し」

「じゃあ、飲んで」


そう促され、ナナセはすっと意識を集中させて元の背丈へと身体を戻した。

そして、両手で丁寧にグラスを受け取る。


「……ありがとうございます」

一口含み、冷たい水が喉を潤していくと、ぼんやりしていた頭がすっきりと冴えてきた。


「……私、どれくらい寝ていましたか?」

「一時間くらいかな」

「そんなに……」

「やっぱり、疲れてたんじゃない?新しい環境になったばかりだし」

「……」

ナナセは言葉に詰まった。

けれど、ここ最近感じた緊張からくる身体の重さは、確かに軽くなっていた。


セレンはそんなナナセの表情の変化を見逃さず、ふっと目元を細めた。

「今日は、よく寝る日だったね」

「……すみません」

「またそれ」

セレンが可笑しそうに小さく笑った。


「いいよ。せっかくの休みの日なんだから」


ナナセはしばらくの間、静かにグラスを見つめていた。

休むこと。眠ること。何もしないこと。

そのすべてを咎めず、ただ「休む日なんだから」と赦してくれるこの存在。


ナナセは小さく、けれどしっかりと頷いた。


「……はい」


その胸からこぼれた返事は。

今までで一番、素直で温かい音だった。

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