第36話 特等席
模擬戦の一区切りがつき、休憩時間に入った。
ナギが額の汗をタオルで拭いながら、長椅子のほうへ歩いてくる。
ふと、そこに置かれていたセレンの上着に視線を送った。
その折りたたまれた上質な布地の上に、小さな姿のナナセがちょこんと腰を下ろしている。
「え、かわいい」
思わず口から漏れ出た本音。
声に気づいたナナセが、小さな顔を上げた。
「……?」
ナギはその場にポンとしゃがみ込み、小さなナナセと目線を合わせた。
「そこにちょこんと乗ってると、なんだか置物みたいだね」
「……お、置物」
「うん。ちっちゃいし」
ナナセは気まずそうに、少しだけ灰色の目を伏せた。
「……妖精です」
「知ってる知ってる」
ナギが可笑しそうに笑う。
「でも、なんかすごく可愛いなって思ってさ」
「……」
ナナセはどう返せばいいのか分からず、戸惑いながらセレンの上着の端へ視線を落とした。
「今日はそこで見てるんだ?」
「はい」
「セレンの上着の上、落ち着く?」
「……少し」
「へえ」
ナギは面白そうに上着に視線を落とした。
「セレンの匂いでもしてるの?」
「……っ!」
ナナセがぴたりと動きを止めた。
「……わ、分かりません」
「ふふっ」
ナギが楽しそうに肩を揺らす。
「まあ、セレンのだからするか」
「……」
照れくさそうに羽をパタパタと小さく揺らすナナセ。
ナギはそんな微笑ましい様子を見つめながら、ふっと表情を和らげた。
「楽しい?」
「……?」
「ここで、みんなが訓練してるの見てて」
ナナセは胸の手前で小さな手を組み、少しだけ考えた。
「……はい」
「そっか」
ナギは嬉しそうに、何度も大きく頷いた。
「ならよかった」
ナギはそのまま長椅子の隣に腰掛け、ナナセと同じく広い訓練所を眺める。
少し離れた中央では、ソラトとヒヨリが水分補給をしながら楽しそうに話している。
フィリスはセレンと次の模擬戦の打ち合わせをしていた。
ナナセがその姿をじっと見つめる。
「セレンさん、強いですね」
「強いよ」
ナギは迷わず即答した。
「あれで結構手加減してるし」
「……そうなんですか?」
「うん。ナナセが思ってるより、たぶんずっと」
ナナセは驚き、もう一度セレンを見た。
すると、その視線に気づいたのか、セレンがふとこちらへ顔を向けた。
遠く離れた場所で、ナナセとセレンの目が真っ直ぐに合う。
セレンはナギと和やかに話すナナセの姿に少しだけ目を細めると、何も言わずに静かに視線を打ち合いへ戻した。
「……」
ナギがその視線を横から眺めて、どこか楽しそうに笑った。
「なんか、いいね」
「……何が、ですか?」
「ううん、別に」
ナギは満足そうに立ち上がった。
「そのままでいいんじゃない?」
「……?」
「じゃ、俺も一汗流しに戻るね」
「はい」
ナギが軽やかな足取りで仲間たちの輪へ戻っていく。
ナナセは再びセレンの上着の上で、楽しそうに立ち回るみんなの姿を眺めた。
さっきよりも、ほんの少しだけ。
この温かな場所が、自分の「居場所」のように感じられていた。




