第32話 気ままな休日
昼過ぎのダイニングは、朝の静けさとは違って少しだけ賑やかな人の気配があった。
「……あ」
ナナセは入口で不意に足を止めた。
奥のテーブルに、フィリスたちが座っているのが目に入ったからだ。
フィリス、ナギ、ソラト、ヒヨリ。
四人ともそれぞれ食事を楽しんだり、温かい飲み物を手に談笑したりと、特に任務の話をするでもなく、思い思いの気ままな休日を過ごしているようだった。
ナナセは少し意外そうに、その光景を見つめていた。
五部隊にいた頃は、休日であっても常に使役妖精全員で行動を共にさせられることが多かった。
けれど、ここにいる彼らは驚くほど自由だった。
フィリスは椅子に深く背をもたれさせて本を読んでおり、ナギは遅い昼食を摂りながらソラトと他愛のない話をしている。
ヒヨリは窓の外の陽光を眺めながら、誰と話すでもなくゆっくりと紅茶を味わっていた。
ナナセがそんな彼らの様子を呆然と眺めていると、隣に立つセレンが厨房へ向けて声をかけた。
「ルナ」
「ん?」
厨房の奥から、ルナがひょっこりと顔を出す。
「お腹空いた。あと、ナナセの分も」
「了解」
「……えっと……」
ナナセが困惑してセレンを見上げる。
けれどセレンは特に何の説明もせず、フィリスたちのいるテーブルの方へ向かって歩き出した。
「ほら、おいで」
「……はい」
ナナセもその背中のあとを追う。
セレンはフィリスの真横ではなく、あえて少し離れた落ち着く席を選んで腰を下ろした。
ナナセも促されるように、その隣へと腰掛ける。
すると――。
「お」
ナギがナナセの姿に気づき、親しみやすい笑みを浮かべた。
「ナナセがこの時間にここにいるの、珍しいね」
「……そうですか?」
「うん。いつも訓練所の隅か任務でしか会わなかったし」
「確かに」
ソラトも話に入って頷く。
「今朝、庭園にいるところは見かけたけどね」
ナナセは意外そうに、目を少し丸くした。
「……見ていたんですか?」
「あ、通りかかっただけだよ」
ナギが可笑しそうに笑う。
「朝の庭園、気持ちよかった?」
「……はい」
ナナセは照れくさそうに、小さく頷いた。
「すごく静かで……落ち着きました」
「ならよかった」
ヒヨリがカップを置き、穏やかな笑みを向ける。
「セレンがあの場所、使っていいって教えてくれたんでしょ?」
「はい」
「セレン、あそこ好きだからな」
フィリスが本から目を離さず、横から口を挟んだ。
セレンは特に表情を変えず、テーブルに置かれたグラスの水を静かに飲んでいる。
「別に。あそこは人が来ないから使ってるだけ」
「それをわざわざナナセに教えたんだろ?」
「……」
セレンがジロリとフィリスを見る。
「なに」
「別に?」
フィリスが意味ありげに笑う。
ナナセは二人の軽妙なやり取りを、どこか温かい気持ちで眺めていた。
すると、厨房の方からルナが料理を運んでくる。
「お待たせ」
セレンの前に美味しそうな食事が置かれ、続いてその隣へナナセの分が並べられた。
「……ありがとうございます」
ナナセは今朝の時よりも、少しだけ自然に、素直な感謝とともに受け取ることができた。
「いただきます」と小さく両手を合わせる。
その隣から、セレンも「いただきます」と低く呟いた。
その声を聞いて、ナナセの口元にほんの少しだけ笑みがこぼれる。
いつの間にか、こうして彼らと同じ空間で、セレンの隣に座っていることが、自分の中で少しずつ「当たり前」になり始めていた。




