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星を抱くひと  作者: 飴目
第1章

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第3話 安寧の欠片

ナナセの予想は、少しずつ外れていった。


一日経っても。

二日経っても。

セレンは、何も命じなかった。


朝、訓練所へ向かうときも、

「今日も自由にしてていいから」

ただ一言、それだけだった。


訓練が始まってからも、魔力を貸せと言われることはない。

補助を頼まれることも、側にいろと言われることもない。

セレンは自分のことは自分で済ませるように、黙々と訓練を続けていた。


時折、すれ違いざまに、

「腹減ってない?」

「……いえ」

「ならいい」

それだけ。


夕方、訓練が終われば、

「忘れ物ない?」

「ありません」

「じゃあ戻っていいよ」

それだけ。


必要なことしか言わない。けれど、それ以上を求めてくることもない。


ナナセは少しずつ、その状況に慣れ始めていた。

何より怖くない。怒鳴られない。

無理に魔力を使わされることもない。

何もしなくても、追い出されることはない。


それは、ナナセにとって初めてのことだった。

だからこそ――どうしていいのか、分からなくなっていた。


◇


訓練所の隅。

今日もナナセはそこにいた。


ただ今日は飛ぶのをやめ、人間ほどの大きさのまま壁際のベンチに腰掛けている。

「座ってていいんだよ?」とフィリスに言われてのことだった。


変わらないのは、視線の先にセレンを捉えていること。


ナイフを手に、標的へ向かって歩いていく。

構える。投げる。

乾いた音を立てて、刃が突き刺さる。

次のナイフを取り出す。また投げる。

無駄のない動きだった。


ナナセはぼんやりとそれを見ていた。

別に、何かをするつもりはない。命令されていないから待っているだけ。


そう思っているのに、セレンが動くと自然と視線が追ってしまう。

誰かと話していれば声が耳に入り、訓練をしていればその動きを見つめてしまう。

何をしているのかを知りたいわけでもない。近くにいたいわけでもない。

ただ、気づけば目で追っている。


「……」

自分でも少し変だと思った。けれど、その理由は分からない。


「何してるの?」


不意に声をかけられ、ナナセは顔を上げた。ヒヨリが隣に立っている。


「……見ています」

「うん、それは分かるけど」

ヒヨリは苦笑した。

「ずっとセレンのこと見てるから」

「……」

ナナセは答えに詰まった。

言われてみれば、そうかもしれない。けれど、どうしてそうしているのかは自分でも説明できなかった。


「……何か、言われるかもしれないので」

「え?」

「命令です」

「ああ……」

ヒヨリは少しだけ目を伏せた。

ナナセはそれ以上、何も言わなかった。


命令されるなら、すぐに動けるようにしておく。ただそれだけのことだった。


「でも、セレンはあんまり命令しないでしょ?」

「……はい」

「じゃあ、休んでてもいいんじゃない?」

「……」

ナナセは少し考えた。

「……そう、ですよね」


ヒヨリは何か言いかけたが、結局それ以上は追及しなかった。

「まあ、慣れるまで時間はかかるよね」

「……はい」


ヒヨリが離れていく。

ナナセは再び、セレンへ視線を戻した。


そのときだった。

ナイフを収めたセレンが、ふとこちらを振り向く。

視線が、かちりと重なった。


ナナセの身体がわずかに強張る。

セレンは数秒、じっとこちらを見ていた。


「……何?」

「……いえ」

「そう」

それだけ言うと、セレンはすぐに視線を戻した。


ナナセも膝の上へ視線を落とす。

何か指示が出されるのかと身構えてしまった。


今までなら、ただ見ているだけでも「何をしているのか」と咎められた。

休んでいればサボるなと言われ、何か仕事をし続けていた。

「役に立たないならもう必要ない」と烙印を押されている気がしてならなかったのだ。

だから、何もしないでいることが、ナナセにはまだ少し落ち着かなかった。


けれど、セレンは何も言わない。

見ていても。

休んでいても。

何もしていなくても。


ただ、そこにいることを許されている。


ナナセは小さく息を吐いた。

まだ、よく分からない。この人が何を考えているのかも、なぜ自分をここに置いているのかも。


ただ――「自由にしてていい」という言葉だけは、どうやら本当らしい。

そのことだけが、静かに染み込んできていた。

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