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星を抱くひと  作者: 飴目
第1章

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第2話 新しい主人

翌日になっても、二人の間にはどこかぎこちない空気が漂っていた。


セレンはナナセに割り当てられた部屋の前に行き、ドアを軽くノックする。昨晩「今日は休め」と言って別れた手前、本当に休んでいたのか確かめる意味もあった。


「……おはよ」

「おはようございます」


カチャ、と扉が開くと、ナナセは昨日と変わらず淡々とした表情で立っていた。疲れが残っている様子はない。ただ、どこか緊張した面持ちだけがある。


「今日は訓練所に行く。……とりあえず、ついてきて」

「分かりました」


ナナセは小さく頷くと、静かにセレンの後ろへ続いた。


訓練所へ向かう道中、前を歩くセレンがふと思い出したように口を開く。


「自由にしてていいから」

「……はい」


それだけだった。

ナナセは少しだけ目を瞬かせたが、何かを尋ねることはしなかった。


自由にしていい。

昨日も「何もしなくていい」と言われた。

その意味を、ナナセはまだよく分かっていなかった。


訓練所に着くと、セレンは昨夜談話室で顔を合わせた仲間たちと合流した。


ナナセは訓練所の端で手のひらほどの小さな姿になり、宙に浮かびながら「いつ指示が飛んできてもいいように」と待っていた。けれど、しばらく待っても何も言われない。


セレンはナイフを手にして訓練を始める。

ナイフが空を切る。

続いて銃を手に取る。

少し離れた場所では、フィリスたちが模擬戦を始めていた。


ナナセはその様子を黙って眺めていた。

魔力を貸せとは言われない。

補助をしろとも言われない。

側にいろとも、離れろとも言われない。


最初のうちは、いつ声をかけられてもいいように身構えていた。セレンがこちらを見ればすぐに返事ができるように。手を止めれば何か命令が来るのではないかと。

けれど、何も起こらないまま時間だけが過ぎていった。


「ナナセ」


しばらくして、不意に横から声をかけられた。


「はい」


振り向くと、ナギが立っている。


「ずっとそこにいるけど、暇じゃない?」

「……え?」

「退屈ってこと」


ナナセは少し考えた。


「……分かりません」

「そっか」


ナギは苦笑する。


「こっちで座ってたら?」

「えっと……」

「飛びっぱなしも疲れるでしょ。おいでよ」


その言葉に、ナナセは小さく頷いた。ふわりと風に乗って飛んでいき、ナギやソラトたちが腰掛けているベンチの近くに着地する。


「ちっちゃ」

ソラトが覗き込んできた。


「妖精って、好きな大きさになれるんだっけ?」

「はい」

「じゃあ、元の大きさに戻れる?」

「……戻れます」

「見せてもらってもいい?」

「はい」

再び淡い光が弾ける。そこに現れたナナセを見て、ソラトが目を丸くした。

「おお……」

「小さいほうが便利そうだな」

何気なく呟かれた言葉に、ナナセの表情がほんの少しだけ緩んだ。


「……ありがとうございます」

それだけ言って、ナナセは小さく微笑む。

自分の力が役に立つ、使える――そう認められるのは、嫌ではなかった。


少し離れた場所からそれを見ていたセレンは、何も言わなかった。

ただ一度だけナナセへ視線を向け、それから再び手元のナイフへ目を戻した。


ナナセも、そんなセレンの背中を見つめていた。

昨日からずっと、あの人は何も言わない。


変な主人だと思う。

主人なら、もっと色々と命じるものだと思っていた。

何をするのか。何が必要なのか。何をしてはいけないのか。

そういうことを決めるのが、主人という存在なのだと。


けれどセレンは、何も決めない。

「自由にしてていい」

そう言って、それ以上は何も求めてこない。

ナナセには、それが少し不思議だった。


けれど、不思議だからといって期待するようなことはない。


今までだって、主人の気が変わることはあった。

最初は何も言われなくても、そのうち命令される。

最初は何も求められなくても、いずれ必要なことを要求される。


それが普通だった。

だから、今回も同じなのだろう。

まだ、始まったばかりなだけだ。

セレンが自分をどう使うのか、まだ決めていないだけ。

そう考えれば、何もおかしくはない。


夕方になり、訓練が終わると、セレンがナナセの元へ歩み寄ってくる。


「今日はもう終わり。部屋に戻っていいよ」

「……はい」

「明日も訓練だから」

「分かりました」


それだけ言って、セレンは先に歩き出す。


ナナセはその背中を見つめた。

やはり、何も命じられなかった。


それでも、特に胸が揺れることはない。


命令されれば従う。

必要とされれば働く。

何も言われなければ、ただ待つ。


それだけでいい。


主人が変わった。

ただ、それだけのことだ。

だから――今までと、何も変わらない。


ナナセはそう自分に言い聞かせるように思いながら、静かにセレンの後を追った。

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