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星を抱くひと  作者: 飴目
第1章

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第1話 再配属

アルカのとある戦闘部隊に、新しい使役妖精が配属された。

その知らせを聞いたとき、セレンは露骨に嫌そうな顔をした。


「……妖精?」

訓練所から談話室へ戻ってきたばかりのセレンが、赤い髪をかき上げ、手にしていた手袋を外ししながら聞き返す。

「ああ。今日からお前のところ。前は別の部隊に居た子がうちに再配属になったらしい」

フィリスが淡々と答えた。

「いらないんだけど」

「知ってる」

「じゃあ断ってよ」

「俺に言うな」

「……」

セレンは無言でフィリスを見た。フィリスも無言で見返す。


その横で、ナギが吹き出した。

「セレン、めっちゃ嫌そうじゃん」

「必要ないからね」

「でも使役妖精って便利じゃない?」

ソラトが興味深そうに口を挟む。

「索敵とか、魔力補助とかできるんでしょ?」

「俺は自分でできる」

「そうなんだよなあ」

ヒヨリが苦笑する。


セレンは戦闘能力が高い。魔力の制御も、索敵も、武器の扱いも一通り自分でこなす。

むしろ他人の魔力を介在させるほうが面倒だと考えるタイプだった。

だから今まで使役妖精を持ったことがないし、必要性も感じていなかった。


「再配属ってことは、前の部隊で何かあったの?」

ナギが尋ねる。

「さあ。そこまでは聞いてない」

フィリスが肩をすくめる。

「ただ、前の部隊との相性が悪かったらしい」

「相性?」

「細かいことは本人に聞けばいいだろ」

「本人って……」


ソラトが言葉を続ける前に、談話室の扉が開いた。

全員の視線がそちらへ向く。


入ってきたのは、一人の少女だった。

白金色の髪に、灰色の瞳。人間と変わらない姿をしているが、背中には薄い羽がある。

――妖精だ。


少女は扉の前で立ち止まると、五人を見回した。表情はほとんど動かない。

「……ナナセです」

小さな声だった。

「本日付で、セレン様の使役妖精として再配属になりました」

深く頭を下げる。その動作は妙にきっちりとしていた。

「よろしくお願いします」


「……」

セレンは同じ灰色の瞳で、黙ってナナセを見る。ナナセも顔を上げてセレンを見返した。

まっすぐな視線が交差する。数秒の沈黙ののち、セレンが先に口を開いた。


「俺、使役妖精いらないんだけど」

あまりにも率直な言葉に、ナギがおい、と小さく突っ込む。

しかしナナセは気にした様子もなく、静かに返事をするだけだった。


「はい」

「……はい?」

「必要ないことは、聞いています」

「じゃあなんで来たの」

「命令ですので」

「……」


セレンは少しだけ眉を寄せた。

ナナセはどこまでも淡々としている。傷ついた様子も、怒った様子もない。

ただ命令されたから来た、それだけのように見えた。


「使役契約は?」

「もう済んでいます」

「俺、契約した覚えないけど」

「仮契約です。正式な契約は、配属先の戦闘員が決めることになっています」

「解除できる?」

「できます」

「じゃあ――」

「セレン」

フィリスが割り込んだ。

「一応、上からの正式な再配属だ。すぐ返すのは無理だぞ」

「……面倒」


セレンはため息をついた。

その言葉に、ナナセの肩がほんの少しだけ揺れた。

誰も気づかないような小さな反応だったが、セレンだけは見逃さなかった。

「……とりあえず」

セレンはナナセに近づく。


「俺の戦闘についてくることになるけど」

「はい」

「俺の指示は聞いて」

「はい」

「勝手に動かない」

「はい」

「無茶もしない」

「……はい」

「あと、俺が必要ないと思ったら何もしなくていい」

「……」

ナナセが少しだけ目を伏せた。

「分かりました」


セレンはそこで話を打ち切ろうとした。

しかし、やり取りを見ていたフィリスは妙な違和感を覚えていた。

ナナセは返事をするたび、まるで何かを待っているように見えたのだ。

命じられるのか、それとも何かを要求されるのか――そんな緊張感を漂わせている。


「ナナセ」

フィリスが声をかける。

「はい」

「前の部隊では、どんな使い方をされてた?」

ナナセは少し考えてから答えた。

「……普通です」

「普通?」

「はい」

「具体的には?」

「朝から夜まで索敵。戦闘時は魔力供給。負傷者が出た場合は回復補助。帰還後は武器への魔力充填。あと……」

ナナセは淡々と指を折っていく。

「結界維持、夜間警戒、伝令、荷物運びです」


「そんなに?過剰労働じゃない?」

ナギが思わず声を上げた。

ナナセは首を傾げる。

「……そうですか?」

「休みは?」

「ありませんでした」

空気が凍りつく。ソラトが目を丸くし、ヒヨリも絶句している。


「……寝てた?」

「必要なときに」

「食事は?」

「配給があれば」

「怪我したら?」

「治してから任務に戻ります」

淡々とした声。まるでそれが世界の当たり前であったかのように。


セレンは黙ってその話を聞いていた。

ナナセは視線を落とす。

「なので……今回も、そのようにご指示を頂ければと」

セレンの眉がわずかに動いた。

「……いや」

「はい」

「しなくていい」

「……?」

ナナセが顔を上げる。

「俺は必要ない」

「でも、使役妖精なので」

「だから?」

「セレン様のために働くものだと……」

「誰が決めたの」

「……」

ナナセは答えられなかった。


セレンは少し考えてから、面倒そうに頭を掻いた。

「とりあえず、今日は何もしなくていいよ」

「……はい」

「あと」

セレンはナナセを見下ろした。

「俺のこと、ご主人様みたいに呼ばないで」

「では……セレンさん?」

「それでいい」

「分かりました」


セレンはふっと息を吐き、部屋の出口へ歩き出す。

「……部屋は?」

「用意されています」

「行くよ」

ナナセが後を追おうとしたその瞬間、セレンが振り返った。


「待って」

ナナセが足を止める。

「飛べる?」

「はい」

「じゃあ小さくなって」

「はい」


ナナセの身体が淡い光に包まれる。

次の瞬間、そこにいた少女の姿が消え、手のひらほどの小さな妖精が現れた。

白金色の髪がふわりと揺れ、小さな羽を動かして宙に浮く。


セレンは目を細めた。

「……便利」

「……」

ナナセがぴたりと動きを止めた。

「何?」

「いえ」

「?」

ナナセは少しだけ視線を逸らした。

「……初めて、そう言われました」


セレンは何も言わなかった。

便利という言葉が、この妖精にとっては褒め言葉に近いものだったのだと察したからだ。

「……そう」

「はい」


ナナセは小さな身体のまま、セレンの肩の高さまで飛んでいく。

「ご案内します」

「いや、いい。肩に乗ってて。道だけ教えて」

「ですが……」

「いいから」


セレンの言葉に、ナナセはまた黙り込んだ。


「……分かりました」


戸惑いを隠せない声でそう答えると、ナナセは空中で少し逡巡《しゅんじゅん》してから、セレンの肩へと静かに降り立った。

恐る恐る腰を下ろす。重さはほとんど感じない。ただ、羽が風を切るかすかな気配だけがセレンの耳元に残っていた。


「……右です」

「ん」


ナナセの小さな指示に従って、静かな廊下を進んでいく。

突き当たりを曲がり、案内された部屋の前に着いた。

鍵を開けて扉を押し開けると、そこは必要最低限の家具だけが置かれた、こざっぱりとした部屋だった。


セレンは肩を少しだけ下げ、ナナセを降ろすように促す。


「ここか」

「はい。ありがとうございます」

「今日はもう休んで。明日からどうするかは、また考える」

「……夜間の指示は何か出さないのですか?」

「出すわけないでしょ。明日は部屋で待ってて」


短く言って、セレンは返事を待たずに部屋を後にした。

パタンと扉が閉まる音。


残されたナナセは、静まり返った部屋の真ん中で小さく佇んでいた。

命令も、仕事もない夜。

どう過ごせばいいのか分からないまま、白金色の小さな妖精は、ただ静かに羽を休めた。


この日から。

使役するつもりのなかった男と、使役されることしか知らなかった妖精の、少し妙な共同生活が始まった。

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