第26話 妖精の話
「妖精って、普段何食べるの?」
ふと、セレンが思いついたように尋ねた。
ナナセはちょうど果物を食べ終え、両手で温かいハーブティーのカップを包み込んでいるところだった。
「……食べるもの、ですか?」
「うん」
セレンは手元のコーヒーを飲みながら、何気ないトーンで尋ねる。
「人間と同じ?」
「……」
ナナセは少しだけ視線を泳がせ、記憶を整理するように考え込んだ。
自分について興味を持たれたことは、かなり久しぶりのことだった。
「普段は……食事は、それほど必要ありません」
「そうなんだ」
「妖精は、大気や自然の精霊から魔力を分けてもらって……それである程度は回復できます」
「へえ」
セレンは興味深そうに耳を傾けている。
「だから、わざわざ人間と同じ食事をとらなくても、生きていくには大丈夫です」
「じゃあ、昨日の夜も?」
「はい」
「なるほど」
セレンは納得したように頷いた。
ナナセは両手の中のカップへ視線を落とした。
湯気とともに立ち上るハーブの香りを吸い込みながら、ぽつりと言葉を付け足す。
「でも……」
「ん?」
「果物とか、野菜を食べるのは……好きです」
セレンがカップを口元から外し、少しだけ驚いたように目を上げた。
「好きなんだ」
「はい」
「じゃあ、食べること自体は嫌いじゃないんだ?」
「……嫌いではないです」
ナナセは小さく、けれどはっきりと答えた。
「自然のものをいただくと、なんとなく……心が落ち着くので」
「そういうもの?」
「はい」
セレンはしばらく無言で、手元のコーヒーを見つめていた。
そして――。
「……初めて聞いた」
「え?」
「ナナセから、そういう話」
ナナセがパチパチと瞬きをする。
セレンはカップの中を見つめたまま、静かに続けた。
「今まで、ほとんど自分のこと話さなかったからさ」
「……」
ナナセは少し困ったように、恥ずかしそうに目を伏せた。
「……聞かれなかったので」
「そっか」
セレンはそれ以上、過去のことや理由を深く追及しようとはしなかった。
ただ――。
セレンの胸の奥には、温かい満足感があった。
ナナセが初めて、自分自身の意思で好きなものを語ってくれた。
自身の特殊な能力のことでもない。
課された過酷な任務のことでもない。
以前の主人のことでもない。
ただの『好きなもの』。自分がどういう存在なのかという、ごくありふれた日常の会話。
セレンにとっては、何よりも価値のある一歩だった。
「じゃあ、部屋にも少し果物は置いておいたほうがいいか」
「……?」
「俺の部屋、基本食べ物置いてないから」
「あ……」
「もちろん、ナナセもここに来れば好きなときに食べられるけど」
ナナセは少しだけ驚いて目を丸くする。
セレンは何でもないことのように、再びコーヒーを一口飲んだ。
「ルナに頼めば、美味しいやつを用意してくれると思うし」
「……ありがとうございます」
「……別に」
ぶっきらぼうにそう言いながらも。
セレンの口元には、隠しきれないほんの少しの優しい笑みが浮かんでいた。




