第24話 静かな廊下
部屋を出て、二人は静かな廊下を歩いていた。
セレンは特に急ぐ様子もなく、まだ少し眠そうな顔でゆったりと歩いている。
ナナセはその一歩ほど斜め後ろを、静かについていく。
「……」
ふと、ナナセは周囲へ視線を巡らせた。
特別部隊の置かれているこの区画は、以前いた五部隊の記憶とはずいぶん違っていた。
何より、人が圧倒的に少ない。
すれ違う隊員の姿もほとんどなく、訓練に出ているのか、各自の部屋で自由に過ごしているのか、決められた時間に全員で一斉に動くような息苦しい雰囲気は一切なかった。
セレンもまた、気負うことなく一人で歩いている。
五部隊にいた頃は、基本的にすべてが集団行動だった。
任務でも、訓練でも。
常に誰かがそばにいて、誰かに監視され、次から次へと指示を下され続ける。
一人になって思考を休ませる時間など、微塵も存在しなかった。
休んでいる時間でさえ、次はどんな命が下るのかと恐怖の中で身構えていた。
だから――。
こうして何気なく静かな廊下を並んで歩いているだけなのに、すっと肩の無駄な力が抜けていく。
セレンは後ろを振り返らない。
ナナセがちゃんとついてきているかを、何度も疑わしげに確認することもしない。
それなのに、なぜか置いていかれるような不安はどこにもなかった。
やがて二人は、五部隊にいた頃には足を踏み入れたこともなかったエリアへと辿り着いた。見知らぬダイニングの扉。
おそらく、特別部隊を含む上層の人達のために生活区画がはっきりと分けられているのだろう。
セレンがそっと扉を開ける。
「……」
そこには、広々とした落ち着いた空間が広がっていた。
大きな窓からはやわらかな朝の光が差し込み、木目調のテーブルと椅子が整然と並んでいる。
けれど、人影はほとんどなかった。奥の席に数人、静かに過ごしている隊員がいる程度だ。
ナナセは少しだけ目を丸くした。
「人、少ないですね」
「休みの日だからじゃない?」
セレンはそう言いながら中へ足を踏み入れる。
「普段もそんなに多くないけどね」
「そうなんですか」
「こっちのダイニング、ほとんど特別部隊くらいしか使わないから」
セレンは窓際の適当なテーブル席を選んで腰を下ろした。
ナナセもその向かいへ、そっと腰掛けた。
周囲は驚くほど静かだった。
遠くでカトラリーと皿が触れ合うカチャンという小さな音が時折聞こえるだけ。
張り詰めたような緊張感も、怒号も、話し声すらない。
ナナセは、胸の奥から静かに息を吐き出した。
「……落ち着きます」
「そう?」
「はい」
セレンは手元にあったメニュー表を眺めながら、満足そうに頷く。
「俺も、こっちの雰囲気のほうが好き」
「……」
ナナセは窓の外の景色へ目を向けた。
澄み渡る明るい朝の光。
静かで穏やかなダイニング。
向かいに座る、飾らないセレンの存在。
何かを命じられる気配も、脅かされる恐怖もない。
ただ、空腹を満たすために食事をしに来た。
そんな当たり前のはずの出来事が、ナナセの胸には眩しいほど新鮮で、愛おしかった。




