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星を抱くひと  作者: 飴目
第2章

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第20話 溶ける光

翌朝。

ナナセは、ゆっくりと目を覚ました。


「ん……」


ぼんやりと見慣れない天井を見つめる。

窓の隙間から、柔らかい朝陽が差し込んでいた。

昨夜から点《つ》いたままらしき壁の小さなランプが、薄い朝の光の中に溶け込んでいる。


ナナセはゆっくりと身体を起こした。

肩から、厚手の毛布がずるりと膝の上へ滑り落ちる。


「……」


周囲を静かに見渡す。

そこは、昨夜と変わらないセレンの部屋だった。

ゆったりとしたソファ。机。書類。


そして、閉じられた寝室の扉。

その向こうから、かすかに息遣いのような気配が伝わってくる。セレンが奥で眠っているのだろう。


ナナセはソファの上で小さく膝を抱えるようにして座り直した。

部屋の中は、心地のいい静寂が広がっていた。


そして、身体に妙な感覚があった。

いつも朝になると重く痺れていた身体が、軽い。

頭の奥の鈍痛もない。魔力の無理な消耗感すらない。


何より――。

ナナセは壁の時計へ視線を送った。


二時間おきに起きることもなく。

周囲を警戒することもなく。

あれから朝まで一度も、目を覚まさなかった。


ナナセは、しばらくの間じっと時計を見つめていた。

こんなに途切れることなく長く眠れたのは、一体いつ以来だろう。

過去の記憶を辿ってみても、思い出せそうにない。


監視魔法の巡回をしなかった。

指示を下す誰かの声を恐れて待つこともなかった。

ただ、静かに眠っていた。

それだけだった。


「……」


不思議な感覚だった。

けれど、それ以上に胸の奥が温かい安心感で満たされていた。


隣の部屋から、かすかな寝返りの音が聞こえる。

昨夜、セレンが言ってくれた言葉が耳の奥で蘇る。


『ここでは、起きなくていい』


ナナセは膝の上の毛布を見下ろした。

そして、誰に聞かせるでもない声で、小さくぽつりと呟いた。


「……本当に、起きなくてよかったんだ」


 ◇


ナナセが目を覚ましてから、しばらくの時間が過ぎる。

けれど、セレンが寝室から出てくる気配はまだない。


ナナセはソファに座ったまま、なんとなく部屋の中を見渡した。

昨夜の薄暗い中では気づかなかったものが、明るい光の中ではよく見えた。


椅子に無造作に掛けられたままの外套《がいとう》。

机の上には、レザーグローブ。

その隣には、昨夜使っていたグラス。


上質な調度品が整頓されている場所もあるのに、日常で使うものは意外と大雑把にそのまま置かれている。


「……」


ナナセは少しだけ考えた。

そして、そっとソファから立ち上がると、椅子からセレンの外套を両手で丁寧に持ち上げた。

手で優しく皺を伸ばしてから、部屋の隅にあるハンガーへかける。

次に、机の上のレザーグローブを手にとった。

(これは、どこだろう……)

少し迷いながらも、玄関近くの棚へそっと運ぶ。


そのあと、机の上のグラスを大事そうに持ち、キッチンへと向かった。

そこでナナセは足を止める。

流し台には、皿やコップが数枚、そのまま置かれていた。

昨日のセレンの気まぐれな食事の跡だろうか。

ナナセはしばらくそれらを眺めた。


洗った方がいいのだろうか、そんなことを考える。

セレンはまだ奥で眠っている。起こすほどのことではない。


「……洗おう」


小さく呟き、水を出した。

音を立ててセレンを起こしてしまわないよう、慎重に一枚ずつ皿を洗い、コップを丁寧にすすいでいく。

水切りカゴへ、洗った食器を綺麗に並べていく。

最後に流し台を水で軽く洗い流した。


別に、大したことではない。ただの雑事だ。

けれど、自分がこの場所に存在している証のような気がして、胸の奥が少しだけ誇らしかった。


ナナセは再びリビングへと戻る。

少しだけ整った部屋を見渡し、満足そうに元のソファへ腰を下ろした。

毛布を膝に掛け直す。

そして、いまだ起きる気配のない寝室のほうをじっと見る。


「……まだ、寝てる」


ナナセは口元を少しだけ緩めて呟いた。

もちろん、起こすつもりなどない。


ただ、この同じ空間に、自分を守ってくれる誰かがいる気配を感じる。

ナナセはソファの背もたれに深く身体を預けた。

どこまでも優しく、静かな朝だった。

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